行け! 僕らのお姫様! 

 「あ!」
上がった声に瞬間しまった、と思ったがもう遅い。犬―――最早幻視は感染してしまったあとだったのでもう犬―――はばびゅん、とでも効果音の付きそうなスピードでこっちに寄ってきた。お前馬鹿なのか、そういうのは紅絹に対してだけ発揮していろ、いやそれはそれで腹が立つ―――と考えている間に距離は詰められてがっちり、と腕を掴まれた。これが痛くないようにされているのだから更に腹が立つ。
 この犬はついこの間の事件から何も学んでいないようだった。今学校は王子様の二股疑惑でもちきりなのに、どうしてこうもひと目のあるところで寄ってくるのだろうか。馬鹿なのだろうか、いや聞くまでもない、馬鹿だった。成績はこの犬の方が良いのだけれどもそういう問題じゃない。勉強の出来る人間が頭が良いなんてことはない。
「桐生さん、よかった、入れ違いにならなくて」
「…何でしょう、何か御用でしたか?」
私≠ヘ言う。私≠ヘちゃんと笑顔で、ちゃんとした口調で言う。これがひと目がない裏路地だとかそういうところだったら確実に僕は暴力を振るっているのだろうけれども生憎ここは学校の廊下だ。紅絹と待ち合わせしていたのにどうしてこの犬に絡まれているのだろう。
「紅絹のこと、なんだけど」
 周りがざわっとしたのが分かった。私≠フ一糸乱れぬ態度と慌てた様子の犬を見て、さっきから周りは謝罪会見だのなんだのとうるさい。会見ってなんだ、この犬は有名人か何かか。ああそうだった、少女漫画から出てきたような人間だったな、と思い出して必死にため息を噛み殺す。
「森野さんが、どうかいたしました?」
紅絹の名前を出したんだ、ロクでもないことを言ってみろ、と目線だけで言って見上げる。
 きらきらした瞳が少し沈んで、でもやはりきらきらとしたままなのだから本当にこういった人種は、と思う。
「うちのクラス最後が体育だったんだけど、それで紅絹が保健室行ってそのままだから、桐生さんに荷物運ぶの手伝って欲しいんだけど」
「それはもう少しはやく言って欲しかったです」
駆け出す。
 後ろから言わせてくれなかったのは桐生さんだろ、と聞こえたのはこの際無視してやることにした。



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20170113