約束はいつか破られる
 何処かで誰かの瞳が必ず濡れている



(一)
部屋の中央には果物が山盛りになっていた。 「お嬢様」 困り切ったような青年の声が響く。 その心配そうな声にふい、と顔を逸らして、少女は嫌よ、と吐き出した。 「それを食べたらまた生きていかなくてはならないでしょう」 こんな体たらくで、と少女は床に転がる。 天上にいた時ならば、こんなことしたらすぐに父に叱られたものだったけれど。 今はそれを叱る人間もいない。 もし少女がもっと元気であったなら、 この青年はいけませんよ、くらいは言ったかもしれないけれど。 こんな死にかけの少女を前にしては、青年にそんな余裕はないらしかった。 「お嬢様」 隣に膝をつかれる。 「何よ」 食べないわよ、とむくれてみせれば、 そんな悲しいことを言わないでください、と青年は笑ったようだった。 それを食べないと死んでしまう。 否、人間でない少女に死ぬという表現は当てはまらないのかもしれなかった。 消える。 それでも良いと、こんなに果物が山になるくらい、ものを口にしていない。 「食べてくださらないと、わたくしが困ってしまいます」 「何でよ」 「旦那様から、お嬢様のお世話をするように、と言いつかっておりますから…」 その答えに、少女はじとり、と青年を睨み付けた。 「旦那様、旦那様って。貴方の一番はお父様って訳ね」 「い、いえ! そのようなことは…」 拗ねたように背を向けた少女に、青年は眉を下げる。 「お嬢様」 そうしてそっとその手を取ると、手の甲に接吻けた。 「…何、してんの」 「申し訳ありません。ご無礼を承知で………」 けれど、と青年は頬を赤らめた。 「わたくしがおりますということを、お伝えしたかったのでございます」 「…なにそれ」 起き上がる少女の頬には呆れ。 「馬鹿じゃないの」 「そうだと、思います」 「なによそれ、否定してみなさいよ」 青年の手から果物を奪い取る。 しかし少女はそれを見つめるだけで口にしようとはしない。 そわそわとした青年を一瞥して、少女は呟いた。 「…傍に、いてくれるの」 「勿論です!」 間髪入れずに叫んだ青年にまた呆れのように笑って、少女は一口、果物を齧った。 ←  
20150107