ごめんね、君が好き。 

 この思いが、可愛らしく言えば他とは少し違っていて、悪く言えば可笑しいことに、何よりも自分自身が気付いていた。
 気付いていたけれどもどうしようも出来なくて、それはどういった恋であっても一緒だっただろうけれども。
 嘘でも良いから、なんてそんなこと言えなかった。彼女がそんな残酷な嘘を吐くことなどできない人だと、それを含めて私は好きになったのだから。
「ごめんね」
届かない謝罪を直接に言うつもりはない。そうしたら困るのが目に見えているから。でも、今だけは。
「ごめんね…ッ」
こんな思いをするくらいなら、好きにならなきゃ良かった。そんな強がりさえ言えない程に、愛してしまっているのを、人は滑稽と笑うのだろう。

***

その涙は嬉し涙か、それとも。 

 何かあったのだと、それは気付いていた。それを指摘しなかったのは多分、負けた気分になるからとか、そういった理由だったのだろうと思う。
 何をどう言っても自分はまだ高校生で、それだけの期間しか生きていないのだ。
 だから。
「七夜は俺がもらうよ」
宣言は、きっと彼女にも届いていた。それを聞き流すような子ではないと、この短い期間でも分かっていた。だからこそ彼女は恋なんてものをしたのだ。そうでなくては、やっていられない。こくり、と首が縦に振られて、投げ出されるようにきらきらした雫が落ちた。
 それがどういう意味を持っているのか、その予想だって外れはしないことも、良く、分かっていた。

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冷え切った指先に口付けた。 

 手、冷たいな、と言ったのがいつのことだったか覚えているかと問われれば覚えていない。自分の手があまりに熱かったことを思えば酔っていたからかもしれない、とも思う。そうでなくては触れられない、この関係はとても馬鹿げたものな気がする。
「手、冷たいな」
だからそれを誤魔化すように触れた手はやはり記憶の中と同じに冷たくて、心があったかいからだよ、なんてどうでもいい返しをもらって。
「でも寝てる時は手あったかいよな」
「…なにそれ」
じとりとした視線が突き刺さる。
「人が寝てる間に人の手で遊ぶなよ」
「別に遊んだ訳じゃねーよ」
 遊んだ、なんて。思ってもいないくせに。
 自分がそんなことをされる対象だなんて、思ったこともないくせに。完全防御のふりをしてあまりに無防備なそれに、嫌気がさす。
 今、だって。
「…寝てんの」
返って来るのは規則的な寝息だけ。
 その指先はあまりに冷えきっていた。
 嘘を吐く方が悪い、その思いを込めて、そっと、唇を寄せた。



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譜面 

 絵の具の混ざる音と、彼の魔法のような指から流れ出るものは違う。違うと分かっているのに、いつか似ているなんて言った彼の、そんな言葉に胸が踊る。
 冬の絵だ、と思う。もう秋も終わる、冬がやってくる、彼のイメージの絵。コンクールも何もなかった。ただ、描きたくて、殆ど衝動だ。
 誰もいない教室、アタシの描く、君の譜面。
「やっぱり狭雲だった」
かたん、と入り口で音がしたのに気付いたのはそう声を掛けられてからだった。
「美術室電気ついてたから」
「アタシじゃないかもしれないじゃん」
美術部員は他にもいる。殆どがユーレイ部員で、文化祭で出す部誌の原稿をしている時くらいにしか、出てこないけれども。
「狭雲だよ」
「だった、でしょ」
「ううん、狭雲しかいないと思った」
だからやっぱりなの、と彼は座る。勝手に、空いている椅子に。
 どうしてだろう、と思った。
 中学時代、あんなに避けられていたのに。どうして今、彼はアタシの後ろにいるんだろう。
「………狭雲の絵、俺は、好き」
静かに、彼の声が落ちる。その音で、アタシの色はくるくると変わっていく。
「だって、譜面みたいなんだもん」
今にも弾いてって、飛び跳ねてきそうだ、なんて笑う。
 彼のそういうところが、どうしようもなく好きだった。

***

20170113