愛しています、君をこの世の誰よりも。 

 同じ存在なのに、と思うことがある。
「僕はあの人が嫌いです」
そう主張する彼をじっと見つめてから、俺はどうして、と聞いた。そんなことは分かっているにも関わらず、たた静かに止めるように、伝われと思いながら聞いた。
「いやなもの全部、君に押し付けているだけじゃないですか」
なんだそれ、と笑ったらそれは彼の気に障ったようだった。だから好きなんだから仕方ないだろ、と続ける。恋なんて人を馬鹿にするものでしかなくて、その先にあるのは地獄、そんなことはわかりきっていたはずだった。でも好きになった、なるのをやめられなかった。本当は警告だって何度も何度ももらっていたのに、それをいちにのさん、で踏み越えたのは俺で。
 だから、彼女に罪はない。
 あるとしたら、俺の方だ。
「僕は君のそれが恋だなんて認めません」
そう言っても彼は頑なに首を振る。
「認めませんから」
同じ存在なのに、どうしても彼は俺の恋を認めない。
 この世界で。
 彼女に恋をしない俺なんて、きっと何処にもいないのに。同じ存在で、それを一番に分かっているはずなのに、彼は言う。
「君が諦めないなら僕が確かめに行く」
「何処へ」
「彼女の元へ」
「だめだ」
「どうしてですか」
「好いた相手の元へ他の男が行くのを喜ぶ奴はそういないだろう」
真面なことを言っているのは俺の方のはずなのに、彼は尚も首を振る。
 「いいえ。君の理由はそんなものではない。そんなものではないんですよ、来々。目をさましてください。…いえ、君は言っても無駄でしょうね。だって君は既に洗脳されている。だから、僕が、行って、証明してやります」
彼は真っ直ぐだった。
「そんなの恋でも何でもないって」
真っ直ぐすぎて、眩しかった。
「ねえ、それが良いでしょう」
 同じ存在、なのに。
「………君は、受人が好きだろう」
「ええ、愛しています」
「これからも愛したいだろう」
「ええ。何が言いたいんです?」
「何も」
でもだめだ、許せない、と俺はその時初めて強制終了を使った。眠っていてくれ、強く念じたものがそのまま意志になって、どうして、という言葉を最後にふつりと切れる。
「彼女は、無慈悲だ」
彼は憶えていないのだ。そう、作られたから。彼が以前同じことをして、彼女に何をされたのか。だからそんな無謀なことが言える、言えてしまう。
 何も憶えていないから。
 俺は、こんなにも憶えている、のに。
「彼女が気に掛けるのはこの箱庭の存続じゃない」
俺は、知っている。俺は彼女を乗っ取って、その場に居座り続けているから。その地位の返上も、撥ね付けられたから。
 俺は、彼女だから。
「彼女が本当に求めているのは―――」
 この水際で、生き残ること。
 ただ、それだけ。

***

甘くも煌めいてもいなかった。ただ手放せなかった。 

 一瞬、一瞬だ。
 本当に一瞬。顔を見た訳でもない。それはりきづきききと同じ顔をしていないことだけは、分かっているけれど。
「君が、好きだ」
 この感情が嘘なら、全部嘘にして欲しかった。



一番星にくちづけを
https://twitter.com/firststarxxx

***

じごくのはてからてんごくのおくまで 

 転がっている姿は見慣れていたはずなのに、その時はどうしてか胸の辺りがじくじくと痛んでとてもじゃないけれど立っていられないような心地になった。何故、と問いかけるも自問自答、せせら笑うような分かっていただろ、という言葉が突き刺さる。
 彼女を傷付けるのは自分だけではないと分かっていた。分かっていたのに、どうして他者によって傷付けられた彼女を見て、こんなにも胸が痛むのか。そんなのは、わかりきっている、こと。
「死なないで」
気付いたら口に出していた。
「死なないで、天草(あまくさ)」
 それから先は衝動のようなものだった。芋虫のように転がる彼女を抱き起こして、そのまま抱き締める。低温で、本当に生きているのか、そこに存在しているのか不安になった。そんなの、全員同じなのに。
「天草、お前は死なないで欲しい。お前が死ねないからじゃない、俺がお前に生きていて欲しいからだよ」
こんな世界で死を語るのは馬鹿らしい。そう分かっていても言葉は転がり落ちていく。彼女から返答はない。傷付けられるのが当然の彼女の世界で、彼女の身体は付けられた傷にすぐに適応するように出来ている。だから彼女は眠っている。傷を癒やすために、誰よりも深く。
「ねえ、天草………ううん、涸月」
彼女が眠っているから、その間に赦されようと、している。
「俺のために生きてよ」
 彼女の想いは知っていた。彼女は来々のために生きてはいない。彼女が生きているのは恋をしたからで、それが彼女相応に地獄だったからだ。それを、よく、分かっている。
 東白冬(あずまびゃくと)はよくわかっている。
「振り向いてくれない奴のとこより、俺はお前を幸せに出来るよ」
最上歪より、俺はお前を幸せに出来るよ。
 その言葉に喚び起こされるかのように睫毛が震えて。
「………でも、」
今までにないはっきりとした口調だった。
「そこは、じごくじゃ、ないんでしょう?」
こげちゃんはじごくがいいの、と微笑んだ顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、それでも愛おしくてキスを落とした。さいてい、と言われたのでそうだよ、と返しておいた。

***

夢を見ることが残酷ならば、 

 思わず手を差し伸べたのは何故だったのだろう。そういうものだ、そういうものだ、何よりも彼女がそれを受け入れて笑っているのだから、かがみは、水宮かがみはそれを受け入れなければならない。何よりも、彼女を愛しているなんて馬鹿なことを―――そう、馬鹿なことという自覚はあるのだ。なのに、かがみはその感情を捨てきれない。どうしてこんな報われない恋をしているのだろう、これを恋と呼んでいいのか、いろいろなものが未成熟のまま高校生まで育ってしまったかがみには本当のところ理解は出来なかったが、それでもかがみはかがみなりに、     なりに一応いろいろと考えて、そうして彼女に向き合うと、そう。
 決めた、はずだったのに。
「結婚しよう、涸月」
家庭科の授業だった。中学で習ったのと同じようなことを繰り返すだけの授業。それで出てきた家族の話で、結婚制度の話で、これからはなくなるかもしれないけれども先生はこういった目に見える繋がりも大切にするべきだと―――云々。先生の意見はどうでも良かったし、水宮かがみ≠ニいう存在にだって家族≠ネんて概念は存在しなかったけれど。
「けっこん?」
初めて聞いたというように年上のおんなは首を傾げる。そうしてけっこん、けっこん、と舌足らずに繰り返して、それから満を持して、というようににっこり笑った。
「こどもなんかうめないでしょ」
こども。
 今度はかがみが繰り返す番だった。
「だってここはゆめのせかい」
まだわからないのね。
 その言葉が届かなかったのだと思っていると分かっていたので、かがみはただ、聞こえないふりをした。



(一生起きていられたらいいのに)

***

私のいたはずの場所 

 手が痛い。
 そう思って現は立ち上がった。さっきまで馬乗りになって殴っていたソレは大した反応も見せずに、もういいの? と言わんばかりに丸い目で現を見上げる。
―――それがこげちゃんのやくめだから。
初対面の時、もういつだったか覚えていないけれど、ソレはそう言って、にっこりと笑って、それでいいよ、と言ったのだった。それが役目だから、そのために生まれてきたんだから、なんて。気味の悪い、ことを。
 そう思いだしたらふつふつと腹が立ってきて、もっとひどいことをしてやりたくなった。
「もういいなら、どく?」
「退いて欲しいの」
「うーん…でも、ちょっと、といれ、いきたい、かも」
そんな曖昧な回答にああこれだ、と思って。
 泳いでいた手を、すうっと。
 その腹の上に置いた。
「………うつつ?」
まだ余韻でぼうっとしたままの表情に唾を吐きかけたい衝動を抑えながら、ぐっと。何も入っていない腹を、押した。
 途端、現の意図を理解したのだろう、小さな身体が暴れ始める。それでも力がこもったものとは言えないそれが飾りで、飾りでしかなくて、あまりに惨めだ。
「だめ、だめだよこげちゃんそれだめってわかる!」
「でも、嬉しいんでしょう?」
「うれしくなんか…っ」
「でも、涸月はそういうもの=v
いつもソレが言っている言葉を引用すれば、見せかけだけの抵抗も止まる。まるで時が止まったみたいに、砂時計の砂が落ちるのをやめたみたいに。
「…あ」
間抜けな声と共に、覚えのある異臭。
 ぐすぐすと泣き出したソレに掛ける言葉など、ただ一つだけだ。
 「きっしょ」



(出てくるのは私でも私の残渣でもないのに)

***

データベースは答えを出せない 

 何の話から始まったのかなんて、正直憶えていない。でもどうせ、いつものように彼の幼馴染―――と言っていいのか、まあ彼がそう言うので彼の幼馴染について、の話だったのだろう。彼は彼女についての情報を白冬(びゃくと)には求めない。それが心地好くて、馬鹿だな、そこが可愛いところだよな、さすが     だよな、と思いながらもぐだぐだとした言葉に付き合っていた。水宮家のお茶請けはいつだって美味しい。そう、世界に決められているから。
 「おれ、どうしたら良いと思う?」
その日、彼の口から発されたのはそんな言葉だった。
「おれは、涸月と結婚するために、彼女を幸せにするために、何をしたら良いんだと思う?」
「…ねえかがみ、なんで君はそれを俺に聞いたの」
「え。なんか…東さんなら、知っていると、思って」
その言葉に、まるで目の裏に雷が落ちたかのような、そんな衝撃を受けた。あずまさんなら、しっていると、おもって。それは、まるで―――
「か、がみ」
声が震える。
「何、それって、どういう意味」
「どうって…」
彼は何が言いたかったんだろう。この箱庭での役割のこと? それとも、それとも―――脳味噌が、沸騰しそうだ。真面に考えられない。水宮かがみは大切にしてやらなければならない。多分、それはかがみ以外の誰もに刻まれた意識だ。遺伝子だ。逆らえない、逆らってはいけないもの。それを破るのなんてイレギュラーだけで充分だ。
 なのに。
 白冬はこの震える唇を止められない。
「なあ、かがみ」
がしり、と肩を掴む。細い。本当に高校生かよ、と思ってそれからそんなちぐはぐさに笑ってしまった。そんなのは当たり前なのに。かがみは高校生でも、高校生ではない。それは掟のようなものなのに、それすら今の白冬には瞬時に思い出せない。
 データベースが、このザマだ。
「データベースは探偵じゃないんだよ」
静かに、白冬は言えただろうか。怒っているような、彼を責めるような声ではなかっただろうか。
「かがみ、」
今自分がどんなに泣きそうな声をしているか、白冬には分からない。
「俺はお前が羨ましいよ」
 ぐにゃり、と歪んだ顔を見て、ああ可哀想なことを言ったな、俺たちの一番下の弟であり、一番最初であるのに、と思った。それでも白冬はかがみを羨みたかった。
 羨むことも出来ないなんて、認めたくなかった。

***

特異点は思考する 

 血が、指先まで届かない。いつか、少女はそれを絶望の病としたが、歪はそんなことは出来ない。
「まるで呪いね」
自らの指先を弄びながら歪は呟く。
「―――アタシ、のようなもの、なのにね」
どうして同じ結末になれないのだろう。
 本当はおんなじであったもの。もしくは、おんなじ木から咲いた花。なのに、あの少女と歪とで一体何が違ったと言うのだろう。
「来々」
呼ぶ。
 それがどちらを指すかも知らないで。
「貴方の所為なの?」
歪にとって、それがどちらの所為でも良かった。なんなら、来々の所為でなくても良かった。誰の所為でなくても良かった。ただ、歪に出来るのは思考することだけ。この箱庭の中で、安寧を掻き乱して、時を流れさせること、だけ。

***

わかば 

 そんなものが美しいと思う? と彼は聞く。いつか終わっていくものが、ただ整頓されているだけのものが、閉じ込められているだけのものが。ベッドの中で、つまりそういうことがあったあとで、彼はその美しいかんばせを崩すことなく聞いてくる。白冬は彼が煙草を嗜むことを今初めて知った。合わせた唇からは全くもって甘ったるくて麻薬のようで、だからこそそんな嗜好品とは無縁の存在のような気がしていたから。
 砂糖菓子で出来たお人形。
 かみさまに愛されて、いのちを獲得した。
 そんな物語を書いたのはいつのことだったか、そもそも自分のことではないような気がしていた。古今東西そういう話は珍しくもないし、何処かで読んだものを自分のものと錯覚しているだけなのかもしれなかった。この世界は珍しくもなんともないもので溢れている。この箱庭、だって。きっと、何処にだってあるものなのだ。珍しくも何ともない。
 何ともない。
「きもちよかったでしょう?」
笑う美しい青年から目を背ける。
「僕は人間なんですから」
 それにうそつき、と返せなかったのは彼と煙草が不似合いだったから、ただそれだけでそれ以上なんか何もないのだ。

***

田水英の英断 

 僕の一番大切なものが得たいの知れない存在に誑かされていることはずっと知っていた。そのずっとがいつからを差すのかを僕は知らなかったけれども誰よりもよく、知っていた。彼はそれを恋だなどと言うが、僕はそれを度々否定してきた。
 恋、というものは。
 僕の見解を彼に押し付けるのはあまりに傲慢であっただろうがしかし、彼のそれが恋ではないのだと僕は証明したかった。その証拠を持っていた。僕は知っていた、知っているという一点において彼を誑かす不届き者について一歩リードをした気持ちになっていた。
 結論から言うと甘かったのだ、と思う。僕の見解は間違ってなかった、僕の持っていた証拠は嘘ではなかった。それでもそれは僕の上を行った、悍ましいほどの笑みを浮かべて。
「お前は神じゃない」
それは知っている、と頷いた。今、罪を突き付けたというのに彼女はひどく落ち着いていて、次にはそれがどうした、とでも言い出しそうな雰囲気だった。僕はそこで躊躇った。彼女が言葉を発する前に次の言葉を見つけられれば、また、何か違ったのかもしれない、なんて。
 たらればの話に過ぎない。
「お前からは大切なものを奪ってやろう」
彼女の手が伸びてくる。
「お前が一番きっと、必要になるものが」
女だからと高をくくったのがお前の敗因だ、とそれは笑った。この世界ではそんなもの記号にすぎない、何もかもすべて、平等に受け渡される役目。お前はただ、そのうちの一つで、馬鹿なままの駒であれば良かったのに。彼女の手のひらが僕に触れる。
「お前が雄であると、そう思い込んでしまうものを、奪ってやろう」
君は、本当に、馬鹿だから、ね。
―――あの子と違って。
 その名前を奪ってやりたかった。唯一無二の名前にしてやりたかった。
「―――×××」
その時に呼んだ彼女の名を、僕は憶えていない。
「お前なんかだいきらいだ」
それに何を返されたのかも、その日、彼女に会いに行ったことも、僕は憶えていなかった。



(すべてわすれたほうがみのためよ)

***

爆心地(君の代わり、君たちの代わり) 

 ただ向き合って座っているだけだ、と思う。いつもの大学のカフェではなく、東白冬の一人暮らしをしている部屋であるというだけで、何も違うことはないのだ。場所が変わったと言って別に、何も、何がある訳でもないのだ。
―――だって、自分と畠野は友人であるのだから。
何が起こり得るはずもない。
 君らしい部屋ですね、と彼は笑ってクッションを抱き締める。それがあまりに絵になると言うのだから、これで同い年だとはにわかに信じられない。別段、畠野が子供じみている訳ではないはずだ。白冬はそれよりも子供じみている人間を知っている。
「君は涸月が好きなのでしょう」
出したジュースに手もつけず、畠野は笑う、笑ってみせる。それが白冬にどんな毒をもたらすか分かった上でやっている。
―――質が悪い。
そう言ってしまえればどんなに楽だったか。
「そうだったら、何だ」
「そんな怖い顔しなくても別に君を否定したりしませんよ。僕は、別にそれだって良いと思います。君が自称・データベースだろうと、そのデータベースが一つの解えを出したのだとしても、僕はそれを否定しませんし軽蔑もしません」
甘い言葉が小さな唇から転がり出るのを白冬は黙って見ている。
 ジュースに手を伸ばすことすら許されない。
 クーラーをきかせた部屋なのに、ガラスのコップが結露している。
「ただ―――」
ぬるり、と畠野の舌はそれだけで独立した生き物のように彼の唇を湿らせていった。それが目につくなんて、目に毒だなんて思うなんて、どうかしている。
「そうですね、このロリコン≠ニは言わせてもらいたいところですけれど」
「…涸月は立派な成人女性だろ」
「そんなことを思っているのはかがみくんくらいですよ」
それともそう思いたいんですか? と首を傾げる彼に悪意の色は見えない。
 畠野為史の役割は分かっていた。自爆装置だ。爆発すべきでないところが爆発するのを防ぐため―――大切な生命線を守るために、ライフラインを切らないために、別のところで、爆発しても、一旦機能が停止しても困らないところで爆発するための、装置。
「東」
まだこの時点では畠野は間違いなく白冬の友人だった。ただの友人だった。大学の講義でよく一緒になる、時々カフェで一緒に勉強したりする、友人。浅くも深くもない仲で、ただそれだけだった。
 何を、間違えたのだろう。
 間違えたと言うのなら、それは一体誰が≠ネのだろう。
「気持ちが良かったら良いのでは?」
涸月はきっと応えてくれます、きっと君が何をしても君を嫌うことはしないでしょう、でもそれは君の望むことではない、君には紳士性が備わっている。流石はデータベース、誰に対しても解えを与えないようにという配慮なのでしょう。つらつらつらつら、畠野は続けていく。息が出来なくなりそうだ。君は僕の役割を知っているでしょう、でもね、僕はこの役割を好き好んでいる訳ではないし、多少のことならば御役目なんてほっぽらかしても良いと思っているんですよ、だって、ねえ、この箱庭が壊れるなんてことあり得ないのですから、そんな幻想を抱いているのは我らが王たる管理者くらいなものでしょう、大丈夫です、僕は分かっています、分かっているからこそ僕は自爆装置として機能するのですから。やめろ、やめてくれ、目の前が歪んでいく。香らないはずのものが鼻腔を擽る。でもね、でも、僕だって仕事をしようと、割り当てられた役目を全うしようと、そう思う時くらいあるんですよ、例えば目の前にいるのが大切な友人であるだとか、嫌いな相手ではないとか、僕に対してきっと暴言すら吐けない人間であるだとか、そういう打算くらいあるんですよ、笑いますか?
「ほら、ねえ、白冬、」
招かれる、招かれる、招かれる。駄目だ、そっちは。
―――そっちは、地獄だ。
そう思うのに身体は勝手に動いていた。
 ぎしり、とベッドのスプリングの音が異様に耳につくだなんて、物語の中でだけのことだと思っていた。



20170423