Nobody is asking you to prustrate yourself , but you could at least say you're sorry ! 

 愛が世界を救うならきっといの一番に救われなくてはいけないものは彼だ、とすら思う。なのに愛は世界を救わないので彼は救われないまま。愛しているのに、愛しているのに、すべてを奪われても設定を変えられても何もかも、それでも彼の幸せだけを願っているのに、どうしてもそういうことにはなってくれない。クソくらえ。
「………君が、」
泣きそうな声を彼は聞いてくれる。
「あの気色の悪いものを愛していることは知っている」
貶しても怒らない、悲しまない。うん、そうだね、と諦めたような口で。怒ってくれ、悲しんでくれ、それが君の最後の砦なのに。
「でも、」
君は人形のように笑うだけ、僕からすべて奪うなら彼からは何も奪うなと思うのにそれすらしてくれない世界はクソだ。
「でもそれで君が傷付けられるのならば、」
 傷付いてくれないのなら、
「僕は、」



(土下座をしないまでも謝るくらいしたらどうだい)

***

やさしさ 

 他人には優しくしなさい、嫌がることはやめなさい、貴方の行動は貴方にすべて返ってくる。馬鹿だな、と思う。ルールが決められているこの世界で、そんなどうでも良い道徳心など意味をなさないのに。
「世界なんてどうなったって良い」
「だからこげちゃんにやさしくするの?」
足元でごろり、と転がる。女。大人の女。多分。血の匂いがする、と言えばそういうのって気の所為なんだって、と返ってくる。誰の言葉を使っているのだろう。
「めんどくさいの」
「ゆがみがめずらしいわね」
楽しそうにそれは笑う。
「そうかもね」
 芋虫みたいだ、と思う。手も足もあるのに。血の匂いだけが、気の所為で。
「全部、壊れちゃえ」

***

 

 気付くはずなんかないと高をくくっていなかったと言えば嘘になる。だから一瞬息を忘れてしまって、ああ、やってらんないと言うのに時間を要した。そしてそのほんの少しの間は水宮かがみにとって有用だった。
「泣いていたのは貴方だった」
かがみは言う。
「そしてオレだった」
それでも歪は答えない。
「ねえ、知ってたんだろ」
 手も伸ばせないのはきっと腕がかがみのものではないはずだ。はらはらと涙がこぼれていく。美しい。汚い。恵まれたモデルケース、誰よりも自由な水宮かがみ。
「涙の止め方も、この、」
お前が言うなと思った。歪は何も言わない。
「いつかの呪いの痕も」

***

主人公 

 教会のガラスはすべて割れていた。きっと在りし日はとても美しい場所だったのだろう。真ん中に置いてある聖母の像も腕が欠けている。もうちょっと削っておけばサモトラケのニケになれたかもしれないのに。
「悲劇のヒロインは楽だったでしょう?」
かつん、かつん。この踵で音を立てる方法もよく知ってしまっていた。最上歪はそういうものにしかなれない。なりたくもないけれども、ならなくてはならない。
「みんなが白い目で見るようになるまで泣き叫んでいれば良いんだから」
 涙の枯れた現はとても可哀想だった。
 この世界に誰もいなくても、きっと彼女は泣けるのだろう。

***

 ぴん、とある日思った。死ななければ。

ジアゼパムでは足りない 

 知り合いのようで知り合いじゃない彼が今回はだめだったのだろうと思ったのは多分知っていたからだった。本当は知らないはずなのに知っているなんて、頭がおかしくなりそうなのだけれど、どうにもそういうことらしいので仕方ない。自殺はきついことだ、と思っていた。だからこそこの役割は下田受人に回ってきたのだろう。とは言っても受人がしたら良いのはふりだけで、本物ではなかった。
 本物は彼にしか許されていない。でも、彼は今回その役を終えない。毎回毎回大変だな、と思った。なのに世界は毎回毎回彼に役を任せるし、こうして受人や他のものに配分せどもそれは結局応急処置でしかなくて。
 いつか、と思う。
 いつか、本当に終わる時は。
「いつもと同じように」
そう、いつもと同じように。水か何かを飲むように。ゆらり、一枚の紙のように。
 眠りに就けたら。
「なんて」
そんなことが許されないのは、受人が一番よく分かっていた。

***

傷痕 

 貴方も一緒でしょう、と懇切丁寧な言葉で呼びかけられたのはそういうことだった。形だけ丁寧でもその中身が違うものであれば骸はすぐに気付く。そういうふうに出来ている。だって幸せでいられなかった子供は自分よりも弱いものをいつだって探しているのだ。自分はこれよりマシだと言い聞かせるために、弱者を虐げることばかり考えている。
「まあ、そう思いたいなら良いですけど」
勃たないなら逆でも良いですよ、と言う美しい男に首を振る。
「必要ないだろう」
「そうですか?」
「必要だと思いたいだけだ」
どちらが弱者か、見極めたいだけだ。
 男はびっくりしたような顔をして、それから泣く真似をした。妹よりも下手な演技だった。もっとやりようがあったのではないかと思うが、これが天は二物を与えずということなのかもしれない。此処に天があるのかはさておき。
「どうして笑っているんです?」
「面白いからだろう」
「今の、何処が?」
笑ったのは傷が疼くのを感じたからだった。かさぶたが剥がれる前にすべて忘れてしまえと、呪いを掛けた部分。絶対に、こんな男には踏み入られたくない部分。

 「さてな。自分で考えろ」

***

ぼくらは言葉の踊り子 

 散らばるガラスを片付けたのは誰だったのだろう。此処は前はきれいなステンドグラス風になっていて、大学構内でも結構有名な場所だったような気がするのだけれど。昼休みに少し喧騒に疲れた大学生が利用する、静かな場所。いつから、こんなに荒廃したツタの絡まる埃っぽい場所になったのか。
「誰かの口から言葉が溢れる度にそれはありきたり≠ニ吐き捨てられるようになるまで、謂わば死≠ヨと向かって何の迷いもなく走り出すのよ」
そして何故其処で、まるで宣教者のように立って言葉を発しているのか。
「そうなの」
 目の前には小さな子供一人。私の幻影。私の後悔。生きられなかった私、どうしようもない私。すべての傷を飲み込んだ私。死んだ、私。
「だからうつつはしをかかないの?」
 まんまるく見開かれた目は、心底見ものだったことだろう。

***

ピンクのカッターナイフ 

 ぎりぎり、歯車を回す音がする。ぎりぎり、刃が出て行く。長い。こんなに出したらきっと折れてしまう。なのにどうして誰もしまわないんだ。誰か、誰か、誰か、こんな、哀しいこと。
―――何が?
ふいに気付く。
 哀しいのは、オレ? それとも世界? ぎりぎりぎりぎり、回る音。何の音? 歯車。運命が歯車式だなんてそんな陳腐な。
「間違っているのは誰」
それに応える人間はいない。
 此処に、人間はいない。
―――何の解えも出せない癖して。
大人の姿をした自分が笑った気がした。

***

横断歩道 

 信号は赤だった。
 横断歩道に車のライトが落ちている。シマウマみたいだ、なんてどうでも良いことを思った。
「にげたいとおもったの」
子羊はその小さな手で懸命に縋り付いて来る。
 これが彼女なりの甘えなのだと骸は分かっていた。だからこそ、彼女の手を包むように握り返す。
「でもね、こひつじはせかいをきりすてるほうほうをしらないままなの」
「それで良いんですよ」
「よくないよ」
「良いんです」
繰り返す。言い聞かせるように、小さな子供に、自分に、分かってくれない妹に。
「でなければ、僕たちは逢えなかったんですから」
 そんなことないよ、という言葉はキスで殺した。

***

それが恋というものです 

 苦しくて苦しくてたまらなかった。小さい頃から、否、本当に小さい頃なんてあったのだろうか―――そんな疑問さえ今は消し飛ぶほどに。
 ねえ、このきもちはなんなのかなあ。
 幼馴染の姉のような存在を、しかしあまりにだらしなくて一人では生きていけそうもない存在を見上げてかがみは思う。こんなに苦しいのなら、涸月、心の中で叫ぶ余裕もない。
 こんな気持ち、知らなくてよかった―――なんて。
 そんな戯言(たわごと)も言えない程に。



20180429