行動は計画的に 

 時計が三時の鐘を鳴らした。それに合わせておやつを出す。今日の来客は鹿驚だった。ちなみにいずみは少し出かけている。
 実のところ涼水は鹿驚とそうじっくり話したことがない。今鹿驚が何処で暮らしているのかもよく知らないし、此処へ来る前のことも勿論知らない。それについては多分聞かない方が良い話だろうし、聞いても教えてはくれないと思うが。クッキーをかじりながら、それでも気になっていたことを聞いてみることにした。
「鹿驚さんって偽名って聞いたんですけど」
「何よ。本当の名前なら教えないわよ」
「いえ、それは聞きません。私も、もう偽名にすることの大切さは一応分かってますから…。ただ、どうしてお名前を鹿驚にしたのか気になって」
「………」
「あっ、もしかしてイザヨイさんに付けられたとかですか?」
あの面白いことが好きな子供のような科学者ならば、犬猫に名前を付けるレベルのものの考え方で人間に名前を付けても可笑しくない。
「………のよ」
「え?」
「知らなかったのよ! 案山子なんてものがあるなんて!」
 えっと声が漏れてしまったので鹿驚は案の定拗ねてしまったようだった。すみませんまさかそういう事情だったなんて、と涼水は慰めるが、何処か納得している部分もある。叫びには確かにびっくりしたが、鹿驚の素性は知らずとも最初からお姫様だのお嬢様だの言われていたことを思い出した。いずみやイザヨイはそれを皮肉として使っていたのかもしれないが、たしかにその態度を見ていればお姫様やお嬢様と呼びたくなるのも頷ける。それに類する暮らしをしてきたのかもしれないな、なんて思えるほどに。もし本当にそうであれば田畑に立つ案山子なんてものを知らなくても仕方がない。そもそも田畑を見たことがあるのか…いや流石にあるだろうと思いたいけれど。見たことがないとかどんな国の人なんだろう。
「びっくりしたわ…案山子ってどうしてあんなに怖いのかしら…」
「怖いですか?」
「怖いわよ! 一歩足で立ってるし! しかも案山子って顔がなかったりするじゃない」
「へのへのもへじって書いてるところは今は少なそうですよねえ」
「それにマネキンを中途半端に使ってるところもあるし…夢に出る…!!」
案山子と鹿驚、細かい意味は違うが同じ音の言葉であり、使い所もかぶっている。それを鹿驚が連呼するというのは、なんだか自分の名前を連呼しているようで、少しおかしい。いや、本人にとっては笑い事ではないのだろうが。
「涼水! 何を笑っているの!」
「い、いえっ笑ってませんよ?」
「笑ってるじゃない!!」
 プンスカと怒り出した鹿驚にはまあまあどうぞと紅茶を勧めることでなんとかその場をなだめた。

***

雨風に晒されて朽ち果てる前に 

 所謂お目付け役という意味で、友人のいない日に黎明堂に来てぐうたらすることはある。研究は進めなくて良いのかと厭味を言われそうだが、一気に成果が出るものでもないため地道にやるしかない。タブレットで論文でも読んでいれば、外国語であるそれを涼水は読めないので時間は潰せる。
「そう言えば鹿驚さんが名前決めた時、イザヨイさんは止めなかったんですか?」
ふと思い出したかのように涼水は話しかけてきた。暇になったのかもしれない。
「ん? あ、ああ…知らなかったんだってね、案山子のこと。私はそんなこと思ってもいなかったから、なんでそんなものの名前使うんだろうって思ったよ」
「言ってあげなかったんですか?」
「言わなかったね」
面白いと思ったし、と続けるとイザヨイさんそういうの好きですよね、と言われる。まあ好きだ。面白いことは良いことだし。
 でも、涼水には言わなかった理由もある。
「皮肉だと思ったんだよねえ」
自分の本当の名前に変換を重ねて作った新しい名前。彼女はその名前を作った時にそう言ったけれど。
 かかし≠ニ辞書で引いてみると大体が二つか三つの意味を載せている。一つ目は獣肉を焼いて串に刺して田畑を鳥獣から守るもの、二つ目は人の形をして田畑で鳥獣をおどすもの。二つしか載っていない場合は一つ目と二つ目で漢字が分かれて載っているか、この二つが一緒になっているか、と思われる。そして、三つ目は―――見かけばかり尤もらしくて役に立たない人=B
「お姫様を見直した数少ない瞬間だったけど、まあそれは返上しなきゃかな」
 その呟きは、誰にも聞かれずに消えていった。

***




20170423