青い空は憎くない 

 もしも私たちが君が生きているうちに知り合ったとします、と涼水さんは言う。そんなことはあり得ないのに言う。僕がこの店に導かれたのはリアに追い掛けられたからで彼女が僕を追い掛けていたのは僕が死んだからで、僕が死んだのは時人が僕に接触しようとしたはずみで大風が吹き鉄骨が僕に降り注いだからであって、僕が時人に接触を試みられたのは僕が平行世界の彼であるからであって、と長々続けたけれどもこうしてこの店に導かれたのは僕が死んでいたことと僕が時人に接触され得る存在だったから、なのだ。勿論生きていても時人に接触されたのならばきっとこの店に、というよりも世界の意志でシリウスに導かれたのだろうけれど、それを可能にするほどに僕には幸運値がなかった。つまり、僕が生きているには時人に接触されないことが大前提であり、そうであったらまず、涼水さんには出会わない。
 それを涼水さんはよく分かっているはずなのに、僕よりずっとよく分かっているはずなのに、涼水さんは言う。
「普通の家族になれたんでしょうか」
普通の家族、と僕は繰り返す。普通の家族、と涼水さんも繰り返す。僕は多分、普通の家族を知っていた。涼水さんはきっと知らなかった。それは彼女の過去を見た今だからこそ言える話だけれども。彼女が普通を羨望していることくらい分かっていた、でも僕が言うのは否定の言葉だ。
「たぶん、なれなかったと思います」
「時兎くんはそう思うんですね」
「はい」
きっと涼水さんと僕がどんな出会い方をしても、それこそ時人が関わらないような話であっても、涼水さんの職業が職業だ。職業と言っていいのか分からないが。どうせろくでもない出会いになるに違いない。
「でも、ぶっちゃけ僕、今の形ってそこそこ普通だと思いますよ」
「そうですか?」
「そうですよ」
ドクター・パパラチアの技術の結晶を、僕は見つめる。涼水さんの腕に抱かれた、涼水さん似の男の子を、僕は見つめる。
 僕の墓の中の僕の骨から抽出した僕の半分が宿った、紛れも無い僕と涼水さんの子供を、普通、と言って僕は見つめる。
「普通ですよ」
「十七歳でお父さんなのに余裕なんですね」
「体感としてはもう二十歳越えましたから良いんですよ」



なんにんもの人を愛する来世ならいいね、ねえ、なんという青空なの! / 東直子

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20160525