盲た少女は唐紅を妄執する 


「仮にも神だ」 

 あら、と気の抜けたような声があがった。
 仕事だった。降り立った先にいたのは一人の人間で、となるとその死体の山、つまるところの俺の仕事の原因ともなるのはそいつなんだと思われた。大して強くもない人間。それが最初の印象。元々人間の命日なんて決まりきっているものだから、こうしてこいつが殺したところで仕事が増えたとか、そんな八つ当たりはしないけれど。
「まだいたのね。…なーんちゃって」
きゃらきゃらと笑うのが空気だけで分かる。
「死神さん、でしょう?」
 息を吐いた。死神が見える人間というのもなかなかいないのに、その正体が分かるなんて、それなりに博識なようだ。
「知っているんだな」
「知識でだけね。会うのは初めてよ」
はな唄でも歌いそうな調子で人間は続ける。確かに死神に会うなんてそうそうあることではないと思うが、そんなに喜ぶこと、だろうか。この人間は、レディバードが自分を迎え(ころし)に来たとは思わないのだろうか。
「私は筑紫白(びゃく)―――いいえ、筑紫白(つぐも)よ」
「何で言い直したんだよ」
「愚問ね。死神さんに偽名なんて通じないじゃない」
確かに、そうではあるが。
 別に死期名簿を見た訳でも、この人間が載っていた訳でもない。人間に死神のことがどう伝わっているかは疑問だが、別にその人間の言ったどちらの名前が本名なのか、今のレディバードには判別する術はない。帰って行動記録(ログ)と魂情報を照らし合わせればこの目が盲ていたとしても別段困ることはない。
「別に、偽名って訳でも、ないんだけど、ね」
そんな思考の横で、人間はそう言った。
 名前。それがそんなに大事だろうか。そんなことを思うのは、死神種の中で名前など、殆どお飾りでしかないからか。
「私を迎えに来たの?」
「いや。俺の担当はこいつらだ」
「そう。貴方になら殺されても良かったのにな」
どんな表情をしているのか、それが、少し、気になった。
「殺してやろうか?」
「死神さんの裁量で人間を殺すことは出来ないのでしょう?」
それくらい知ってるわ、と人間は笑う。
 その言い方にああ知らないんだな、と思って、今度笑ったのはこちらだった。
「契約をすればお前を殺せる」
「契約?」
「ああ、契約だ。純粋種の死神にだけ許された、魂を集めて自分の力にする、古い古い契約だ」
ぺらり、舌からこぼれていく言葉は初めて説明するものとは思えないほど滑らかだった。高揚、でもしているのか。人間の、たかが一魂を手に入れられるかもしれない、それだけで?
「ふうん、考えておくわ」
次があると良いわね、でも次があったらきっと運命ね。そんなことを言う人間に吐き気がした。
 それが、この後少しばかりひとの神生(じんせい)を狂わせてくれた、筑紫ツグモとの出会いだった。



(お前なんかなくても良かった)

***

死を司る者 

 そもそも死神なんだよ、とアカツキが唐突に言い出したのでレディバードはまた始まった、と思った。そうだな、と雑な相槌を打って先を促す。名前は誰が決めたのかは知らないけどそんな名前が付いてるのに子供がどうとか、本当本末転倒って感じじゃない? と。別に本末転倒とは思わないし多分それは使い所の違う言葉だと思ったがレディバードに語彙力を指摘出来るほどの頭はなかったのでそのまま流した。そもそもさ、とまた同じ言葉が繰り返される。
「私は確かに子供をつくれはしないけれどね」
アカツキがその肚を抑えることはないのだろうな、と思う。何となく、本当に何となく、だが。
「だからと言って暁の能力(チカラ)を使えないって訳じゃあないんだよ」
古い、御伽話。語ってくれたのは母だっただろうか。
 死神はかつてひとつの存在だった。
 けれども大本の神様からそれはよくない、増やしなさい、と言われてまずふたつに分かれた。その時に上手に分かれることが出来なくて能力が二分した。まずいと思った死神は、少し分かれ方を考えて、それから普通の死神が増えた。最初の死神から出来たふたつは、白日と暁と呼ばれてそのまま死神の二大家系となった。そんな本当かどうかも分からない物語。その物語の末端にアカツキはいて、いろいろなものが狂わされている。レディバードからしたら想像もつかないようなものだ。なのに、アカツキは―――
「レディちゃん、だいじょ〜ぶう〜?」
気の抜けた呼び名でこちらに近付いて来た彼女、いつもと同じように思えた。
「…お前は、」
「なに?」
「………よく、分からない」
触れる体温は温かい。生きているのだな、と感じる。死神にそんなことを思うのは不自然だろうか。
 けれども、レディバードもアカツキも今此処に生きているのだ。
 かつて、彼女が殺されそうになったように。
「大事な部下を大事にしようとしただけのことだよ。そんな特別なことでもないさ」
レディちゃんは思いの外馬鹿なのに頭を使おうとするよね、と言われたので頭だろう場所を軽く叩いておいた。
 いったあい、という笑い声が響く。
 それが彼女の証明のようで、何か薄ら寒かった。

***

魂を狩る者 

 その罪は果たして本当に罪なのか。そう囁いたのは頼りない上司だった。
「自らを殺めた罪って。なんていうか、それが三大罪事になるっていうのがね、ちょっと引っかかるんだ」
 前世の記憶と引き換えに償うチャンスを与えられた穢れた魂。同じように穢れた魂を狩り、かつて自らを殺めたように生きるものに死を告げる存在。時には涙を流して、時には血に染まって。
「悲しみも苦しみも彼らを見ていたらあるんだって思うんだよ。そんな中でずっと生きることが、果たして本当に償いになるのかなって、ね」
永遠に終わることのない迷路のように。彷徨い続けることに意味はあるのかと。
「さぁな」
返す言葉は一つきりだ。それこそ神とやらの領域だ。こんな名前を冠しただけの存在ではない、この世界とも言える存在のもの。
 そうだね、と彼女は笑った。きっと彼らも考えるんだろうね、そうして理不尽と戦うんだ。
 この世界が理不尽で満ちている、なんて。この両目が見えている彼女には言わずとも伝わるのだろう。

***

命を奪う者 

 定期検診の日だった。珍しくその日はいつも担当してくれているシンヤがおらず、他のものが担当して、それがとてつもなく下手だった所為でたいへんな目にあったあとだった。代わりが下手だったのはさておき、シンヤがいないのは彼が優秀なことも関係しているだろうから仕方ない。
 と思って帰ろうとして、あ、と思った。
「…シンヤさん?」
「ん? …あー…悪い、今日検診日だったか」
「いや、別に…。まああの新人は下手くそだったけど」
「はは。すまん」
笑ったのだと思う。声が揺れたから。けれどもきっと、いつもの笑みじゃあない。彼のいつもの笑みなんて見たことがないけれど。
「あー…えっと、答えたくねぇなら良いんだけど」
「うん」
「何か、あったのか?」
「………うん」
 煙草の匂いがしていた。
「まだ、生きていたんだ」
その声は震えない。
「生きていたんだ」
ただ、事実を告げるその人はきっと毅然としているのだろうと、そんな予想だけが出来た。
 そうか、とだけ答える。ああ、とだけ返された。背中の温もりが、生きていると伝えていた。気付かぬうちに消えるかもしれない。そんな世界に生まれついてしまったことを、恨む気にはなれなかった。

***

それは死の使い 

 その日は何か嫌な予感がしていた。
 否、嫌な予感というよりもあの人間が素直に取引に応じる訳がないと、そんなことを思っていたのかもしれない。とは言ってもたかが人間だ。何をしたところで死神の契約から逃れられる訳がない。
 そうだ、あの女は逃げた訳ではなかったのだ。それが分かったのはずっと先の未来のことで、その時はそうは思えなかったのだけれど。
 小さな子供だ、と分かった。目が見えなくても分かることは多い。
「お前は何だ」
問いかけると、息を吸う音が聞こえた。
「筑紫いずみ」
 思わず笑ってしまった。筑紫、だと。それはあの女の苗字だった。あの女が捨てるに捨てきれない血の証明だった。いつかは子供をと望まれていたあの女の、唯一遺したくないものの象徴だったはずなのに。
 それが、今。
 見ず知らずの子供に名乗られるなんて。名乗らせるなんて。
 笑いが止まらない。止まらないけれどもそれと同時に別の感情も浮かんできた。
「やってくれたな…」
これは明確な裏切りだった。腹立たしかった。人間風情が、胸がぴりぴりと燃えていく。怒りには程遠い、驚きの方が近いものだったけれど、それでもこれは怒りだった。足元にいた何の変哲もない小石に躓かされたような、そんな感覚。
「そうか、あの女はお前を身代わりにしたんだな」
目の前の子供に言っても何が返ってくる訳でもない。そうとも言う、とまるで他人事に言ってみせた子供も、いつか逃げたいと望むのだろうか。そんなことは許さない、とばかりに牙を剥く。
「ならお前は逃げようなんて考えるなよ」
 歪んだ契約の確認をしてくる、と一旦引くことにして、その実、頭の中はあの女と出会ってからのことが走馬灯のように流れていったのだった。



Cosmos
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20180202