捨ててしまった指輪 

 あれがそんな意味だと思ったことはない。そもそも幾つ上だったのだろう、ただませた子供に対する皮肉のようなもので。
 けれども、あれが、本当に。
 幼い子供を洗脳するような、そんなものだったのなら。
「貴方に、縛られる………」
そんなことが、愛なのだと。
 受け入れられるなんて、本当に、笑ってしまう。

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 「世の中理不尽なこと、ばっかさ」
彼女は少しだけ笑ってそう言う。それを認めている自分は賢いのだと、そういうことを自覚している笑み。

とある科学者のつぶやき 

 だから少女はそうかなあ、と返してみる。まるで反論でもするように、其処に少しの不穏を載せて。それでその年齢のわりにはやたらと大きな(きっとそれには少女の知らない意味の分からない彼女なりの理屈があるのだろうけれど―――)、その背中をぼすんと借りてやる。
「あったかい?」
「熱い」
「ふうん」
冷たいところにいるからじゃないの、と言えば暖房なんてつけたら結果が濁るだろう、と返された。
 なんでもそうだ、実験が一番。それが彼女で、そうじゃなかったら彼女じゃなかった。
 でも。
「熱くて良いでしょう」
「そうは思わないよ」
この寄り添える暖かさを、理不尽だとは思えなかった。

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わすれて・わすれて 

 子供の扱いに苦戦するような人だった、けれどもきっと自分との出会いを経て子供が苦手ではなくなっただろう、と夢想する。そうであれば、あれは紛れもなく初恋だったけれども彼の人生に何か一つでも与えられていたのなら。
 それが彼にもらった優しい束縛すら捨ててきた人間に出来る、最後の抵抗だった。



ひもじさに百日(ももか)を經たりこの心よるの女人(をみな)を見るよりも悲し / 斎藤茂吉

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私が貴方が此処にいること 

 大丈夫、とは問わない。彼女はいつだって大丈夫、としか言わないのだから。
 誰よりも強い女の子、誰よりも輝いている女の子。星の家系を辿る、すべての始まり、すべての終わり、その血を絶やさぬように、世界に一族に王に、更なる繁栄を齎すように。
「―――もしもし」
何も覚えていない彼女の代わりに私が知っていることはすべて覚えている。
「草希です。水沙、今日は何があった?」
彼女が望むのならばこのまま普通の女の子として、私の役目は彼女と彼女の血を守ること、ただそれだけなのだから。



受話器越し祖母が記憶を手繰り寄せ私を思い出すのを待ってる / アーモンド

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嘘ばかり積み重ねて 

 会いに行けない訳じゃない。会いに行かなくたって今を調べることや、遠くから見るだけでも叶うはずなのに。世界を渡り歩くのに情報は欠かせない、だからどうやって情報を手に入れるかなんて身体に染み付くくらいに知っていることなのに。
「草希でも臆病になることがあるのね」
そう友達に笑われて初めて、私は私が臆病であることを知ったのだ。



無理すれば週末デートできるのに もう無理しない自分に気づく / 佐藤真由美

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親切であること 

 ミステリー系のテレビ番組を見ていると、ああ本当にすごかったのだな、と他人事になることが多い。他人事になんかしてはいけないのだが、それでも彼女が直系ではあるが傍系は幾らかいるのだし、その彼らにも護衛はついているのだし、きっと私たちが死んでも誰かがこの大きな夢を叶えるのだ。
 謎は解き明かされない、解き明かされないまま叶った夢として世界に君臨するのだ。その未来を私たちは知っている。いつか分からない未来、そうなることを知っている。それは血の所為なのかもしれなかった。私たちは私たちに何の意味もないことをしているのかもしれなかった。
「嘘ばっかり」
彼女は笑う。
「私たちは夢を見ているのよ。ご先祖様たちと一緒に、とてつもなく馬鹿な夢を」
だから大丈夫、と。
 その足元には人間だったものが転がっていた。
 嘘ばかりを言う人間だったものが、私が殺した人間だったものが転がっていた。



「君、人から親切にされて愉快ですか」
「ええ、まあ愉快です」
「きっと? ぼくはそうでない、たいへん親切にされて不愉快な事がある」
「どんな場合ですか」
「形式だけは親切にかなっている。しかし親切自身が目的でない場合」

三四郎 / 夏目漱石

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何でも出来なくちゃならなかった 

 最後の砦でないことは重々承知だ。それでも友達を守りたいというのは幼心に刻まれたまるで人間のような話で、私はそれを捨て切ることが出来なかった。
「ありがとう」
水沙はよく笑うようになった。そして、強くなった。
―――ああ。
私は思う。
 本当の意味で、私の役目は終わったのだ。



「上手いとか下手とかじゃない、気持ちだよ」 上手いに越したことはないけど / 栞

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彼が「孤独だ」と嘆くのを聞いた。そこでようやく、自分が彼と共にいなかったことに気づいた。 

 張り込みもあるのだ、一緒に寝るくらい当たり前だった。少女と青年という組み合わせであればそこそこに相手の警戒に引っかからなかったりすることもある。少女の下で働くことは勿論、少女と共にセットで扱われることにも彼は不満があるようだったけれども。
 うっすらと動く唇。
 信頼はされているのだと、そう驕っていたけれど。
「これ以上望んだらきっとバチが当たるわね」



れもんのきもち @lemon_no_heart

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狂った振りして爪突き立てて ねえ、泣いてもいいよ 

 今ならそんなことを過去の私に、泣けなかった私に、たった一人で立つしか出来なかった私に、言ってあげられるようなそんな気がしていた。



バルキュリアの囁き @blwisper

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私だけの秘密でいさせて 

 正しい寝息というものを長いこと聞いていなかったような気がする。勿論草希はそんなに長くは生きていないし、それが疲れから来る錯覚であるのだと分かっていたのだけれど。すう、すう、と平和を思わせるその音に、連動に、ひどく心がかき乱される。
―――ああ。
今、此処で思ったことなど。
 ぎゅっと胸の前で拳を握り締める。

 一生この青年には知られたくなかった。



聖母被昇天祝祭日にて背の君よおきてはならぬおきてはならぬ / 黒瀬珂瀾

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20170113