捨てようか、残酷な過去を 

 私、ずっと涼水に謝らなければいけないことがあったの。
 殆ど生まれた時から一緒にいた存在が重々しくそんなことを言ったのは、店主としての風格が身に付いてからだったと思う。
「どうしたの、突然」
シリウス、とその愛しい名前を呼べば、幼い少女の姿で顕現した彼女は泣きそうな顔で涼水を見上げる。それを見てそういえば彼女も元々は人間だったな、と思った。思ったけれども口にはしなかった。
「あのね、涼水。涼水がこの店に初めて来た時のことを覚えている?」
「うん、忘れたことないよ」
 太陽の煩い夏の日のことだった。縋るように開けた扉、放った願い―――殺してください。それを恩人がどのように受け取ったのか、涼水には想像もつかないけれど。
「あれを邪魔していたのは私よ」
「うん」
「私は涼水から離れられない訳じゃなかった」
「うん」
「私が涼水から離れたくなかったの」
「うん」
「私が…涼水に、死んで欲しくなかった」
どれだけ、涼水が、涼水自身が死を渇望していたとしても。
「だから、謝りたかったの。私は涼水がどれだけ辛い思いをしていたか知っていたのに、それでも、それでも…」
「シリウス」
笑って、涼水は彼女を抱き締める。
「過去形、なんでしょう?」
「…過去形だわ」
「じゃあ、私から言うことはただ一つよ」
目を、合わせて。
 「ありがとう」



りょうきてき
@ruktk_bot

***

20160525