例えばこの世界が。 

 ハイジャック犯を返り討ち、そのヒーローは名も告げずに去っていった―――という美談が一転、それがテロリストとして名を馳せている少女だという事実が世間を騒がせていた。テロを起こすような人間がどうして、何故、その飛行機だって落とすつもりだったのではないか、などなど。憶測が飛び交う中、お土産のちんすこうを広げる。
「しかしマスコミも何なのかね、あーやって逃げたっていうのに似顔絵なんて作成してくれちゃってさ」
まぁあのハイジャックグループの奴には顔知れてたみたいだし、変わんなかったかもだけど。そう頬杖を付きながら言うのは当の本人である。
 表向き有名なのはテロリストとして。
 しかしこうして少し裏道に逸れてみれば、其処にいるのはただの天才科学者でしかないのである。テロ行為は別段誤解でも仕方なかった訳でもなく、彼女がなんだかんだ好き好んでやったことであるのでおいておく。
「顔が知られてて、私も顔を変えてる訳でもなくて…」
「ア、そういえバ確かニ」
「この世界って、子供にやさしいね」
 その言葉にいずみはぱちくり、と目を瞬(しばたた)かせた。
「十六夜って子供?」
「まだ十六歳だし、子供じゃない?」
「アーそっカ。未成年カー」
そういうのって忘れちゃうね、と言えばまあ酒飲んでるしね、と返ってきた。そういう意味ではないと思うが、別段突っ込まなくてはいけない気持ちでもない。
「ア、これ美味しイ」
「でしょ。違う味も買ってきたよ」
「さっすが十六夜!」
 この世界がどういうものであれ、きっとこのおやつの時間は変わりはしない。
 買い物に出ていた従業員が、返ってきた声がした。

***

ほっぷすてっぷさんじのおやつ 

 平和な午後のことである。
 珍しく仕事が休みだという凜は黎明堂の居間でソファを独占して伸びていた。その横で涼水は今日の掃除を終え、テレビを見ている。いずみが何処かで買ってきたはずのおせんべいは凜によって茶箪笥から引き出され、その半分以上が既に食べられていた。おせんべいを食べられたと知ったらいずみがすごい顔をしそうだがしかし、凜がいずみなら大丈夫だよ! と言われてしまえば別段ダイエットをしている訳でもない客にそれ以上言うことは出来ないというか、面倒だった。それに凜である。もしいずみが機嫌を損ねたとしても、何かしら機嫌を直してくれそうなものをちゃんと代わりに用意してくるだろう。
「すずちゃーん」
「はいはいなんですか」
「おやつは何?」
「えっ。凜さんおやつまでタカる気ですか」
「タカるって。私お客さんだし」
ね? と首を傾げられる。確かに客ではあるのだけれども。おせんべいを食べたのにまだ何か食べるのか、と思うとその細い身体の何処に入っているのかと不思議になる。
「ええ…。一応冷蔵庫にプリンがありますが」
「やった! プリン!」
「凜さん自分で作れるでしょう?」
「自分の作ったものはねーあくまで自分で作ったものだからね。すずちゃんのが食べたいんだよね!」
 にっこり。
 そんな効果音が付きそうなほど満面の笑みを向けられて、悪い気はしない。
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。それにね、」
凜は一度言葉を切って、それからウィンクをする。
「すずちゃんはちゃんと、心込めて作ってくれてるって、知ってるからね」

***

 「いずみは幽霊見えるんだよね?」
「エ? あァ…見えるのト、見えないのが居るヨ」

筑紫さん家の幽霊事情 

 それはある晴れた日のこと。あまりにも暇なので、涼水はふとアルトのことを思い出した。同じくらいの歳の人がいないと言うのは、やはり心細い(周りの年齢的には同じくらいなのだろうが、彼らは如何せん常識離れしている)。その心細さを紛らわせるために、涼水はアルトから連想して、幽霊の話題をいずみに振ったのだった。幽霊その他諸々そう言うものは全部見えると思っていた涼水だったが、返ってきたのは意外な答えだった。
「え…? 幽霊系統なら全部見えるんじゃないの?」
「ンー…」
涼水が再び聞けば、いずみは少し考えてから話し始めた。
「守護霊トカ、自力で隠れられる妖怪トカ、そう言った類のものは見れないヨ」
「へー…」
そういうのと一般の霊とどう違うのか、涼水には良く分からなかったが、とりあえず頷く。その顔を見て全く分かっていないと気付いたのか、いずみは説明を始めた。
「妖怪はともかくク、幽霊っていうのはネ、大まかに分けて二つ居るんダ」
 一つは天霊と言い、もう一つは地霊と言うらしい。天霊と言うのはとりあえず死後の世界にしっかりと行った霊のことだそうだ。その中には天使とか死神とかその他諸々が含まれるらしいけれど、
「面倒だカラ」
の一言でばっさりと切られた。本当に面倒なようだ。そしてもう一つの地霊と言うのは、本来行くべき所に行かずに地上に留まっている霊のことだそうだ。自縛霊などはその類らしい。
「アルトたちも、一応地霊の部類だヨ。まぁ、取引してるカラ、無理矢理死後世界に連れてかれることはないケド…」
地霊は地上に居れば居るほど、世界の均衡を崩す―――。それを防ぐためにどうやら地霊をしょっ引く職業の人がいるらしい。その辺は更に説明が面倒なのか、大分端折られてしまった。
「僕は基本的に地霊は見えるんだケド、天霊は見えないことの方が多いんだヨ」
だから、見えるのと見えないのがいる。分かった? と首を傾げられて涼水は思わず頷いてしまった。
 その隙を逃すいずみではなく、涼水が気付いた時には既にいずみは部屋に戻ったあとだった。

***

20170113