良いから早く死んでくんない 


食い違いの恐ろしさ 

 私は愛されるために生まれてきたの!
 友人と呼ぶことを強要してくる頭の可笑しい女(悲しいことに同級生だ)を台詞一つで表すならそういうものが似合う、と思った。兎にも角にもこの女、やばいのだ。何もかもが。なまじ顔が良いだけに周りの人間は騙されているのだが、この女、大分ひどいのだ。スズミだって今まで出会ってきた人間が結構いるタイプだと思うのだが、それを加味した上でも今後の人生でこの女以上にやばい人間には会わないような気がしていた。
「だってね、運命だもの」
夢見がちな少女だとは言えない、何とも言えない凄みがあった。
 ただただ、その友人のことが気持ち悪かった。

***

「あんたのレベルに合わせてやってるんだよ」 

 何言ってるのか分からない! と友人が投げそうになったペンをアタシは友人の手ごと握って押し留めた。
「それ、投げたら帰るから」
「じゃあ投げない!」
「投げてくれてもいいよ、帰りたいから」
「絶対投げない!」
子供かよ、と思うような返事とそれこそどうして顔の方に合わせなかったのかと思うほどひどいノートと。どうしてこんなことに巻き込まれているのだろうな、と正直思う。アタシだって早く帰って勉強したい。
 だと言うのに、友人がスズミは暇なのね、とか言ってくるのでアタシはとりあえず教科書で友人をはたいておいた。

***

自分の心なんて誰にも知られたくない 

 「まるでスズミって人間じゃないみたいね」
どくり、と心臓が鳴るのを聞いた。
「そんなこと言うのはこの口か」
「いひゃいいひゃい」
「…アンタ、ホントに顔だけね」
「スズミの方がひどいこと言ってるじゃない」
「本当のことだし」
「私だって本当のことだもん!」
「アタシのが本当」
「言って良いことと悪いことがあるでしょ!?」
「アタシのは言って良いこと」
 まだどっど、どっど、と胸はうるさい。
「あのね、秘密だけどね」
顔だけは良い友人はうっそりと笑う。
「スズミ、てんとう虫さんにちょっと似てるの」
だから友達になったの。そう言う友人を見ていられない。
「…てんとう虫さん人間じゃないの」
「人間じゃないよ」
「へえ」
「信じてないでしょ」
「信じてないよ」

***

(もちろん自分も知らない) 

 スズミのお母さんってどんな人だったのかしらね、と彼女が言ってスズミはさあ、と言うのが精一杯だった。もう大体の事情は知っていたけれどもだからと言って母の人となりを知っていた訳でもないし、ただ父がギターを弾いていたらやって来てそれで出会ったのだということしか知らなかった。父は意図して話さないようにしているだろうし、だからスズミはその問いに答えることは出来ない。
「お父さんは話してくれないの?」
「大事な思い出にしておきたいみたいよ」
正直最初からいないと何とも思わないというのが本当のところで。
 だからスズミはすぐに教科書へと視線を戻すことが出来たのだ。

***

友達から殺意を抱く的(ターゲット)になる瞬間 

 少女の思考は甘くて甘くて舌が焼けるほど甘いものだった。けれども少女はあまりに強い意志を持っていたので、その甘い思考も噛み砕いて咀嚼して自分の血肉にしてみせたのだが。
「だからね、スズミとはちゃんと友達になれて良かったと思ってるわ」
にっこり笑った少女に、たった今しがた友達と呼んだ同級生が引きつった顔をしているのは分からないらしい。
「スズミはあの子みたいに、私を置いて死んだりしないから」

***

見えない傷は手当てしないわ 

 そういえばこの女、人のこと一時期苛めてくれてたよな、と思い出した。スズミにとってそれは正直重要なことではなかったので思い切り流してしまったが。
「結局何だったの、アレ」
「ああ、スズミと友達になりたくて」
「馬鹿じゃないの」
「でも友達になれたでしょう?」
「なったつもりはないよ」
 心の底からの言葉だった。

***

一つの単語だけで人をころせる 

 友人が人を殺すところを見たことはない。だってそもそもアクションを起こされるまでずっとスズミの中に彼女はいなかったし、行動範囲もまったく被っていなかったのだから。それでも馬鹿みたいに過去のことを一生懸命語ってくれる彼女は確かにスズミのことを友人だと思っているらしく、多分友人とは言うけれども彼女の中では親友とかそういう位置まで持って行かれているんだろうな、とすら思う。
 それに憧れた時期もあったなあ、なんて。
「あっま」
彼女から貰った飴を口に放り込んだらひどい味がして、思わず噛み砕いた。

***

甘い言葉と苦い現実 

 アンタだよね、と話し掛けたのはやっぱり掃除とかそういう手間をかけるのが嫌だったからだ。迷惑だからやめろ、つまらないことやってんじゃない、とかとか。言葉は多分いろいろ選べたはずだった。
 のに。
「やったあ! スズミが話し掛けてくれたわ!」
そう手放しに喜んで見せた彼女に、気圧されてしまって。
「私、山田真白! スズミとはいい友達になれると思ってたの! 嬉しい!」
何がなんだか分からないうちに、私は彼女の友人ということになってしまったのだった。



[helpless] @helpless_odai



20180202