無理やり奪って、今すぐに 

 おめでとうございます、と言われることは嬉しい。細分化されて覚えていて貰えたのではなくても、誰かが言ったものに乗ってきっと大好きな人だって言ってくれる。
 いつもなら部下に馬鹿にされるようなそんな夢見がちなものだって、誕生日というだけで叶うのだから、記憶にすらない記念日であるけれども武田はこの日が好きだった。
―――あと、何度。
そんなことを考えてしまっても、祝って貰ったことには変わりがない。
 変わりがないと、思っていたのに。
「なんて顔してるんですか」
ひょい、と顔を出したのはそのいつもなら馬鹿にしてくるような部下だった。手に持っているのは今日の分の書類だろう。自分よりもずっと整った字が並んでいて、これだから書類係から外せないんだよなあ、と思ってしまう。
 おめでとう、と言った後、その隣にいた少年に掛けられた言葉。
 いつものことだった、いつもの会話だった。仕事が終わったらどこそこへ行こう、金なら出してやるから大丈夫、と仲睦まじい様子で。勿論その二人がそんな関係でないことは武田が一番よく分かっていても、他の人間が幾ら積み上がりそうなくらいの祝いの言葉と贈り物を重ねてくれても、それだけが灼き付いて離れなかった。
「………なんでもないよ」
「そうですか」
今日の仕事はもう終わっていた。他の当番は入っていない。あとは帰るだけで良いのに、どうしてこんなに帰りたくないのか。
 彼らのいない空間に、自分がいることを信じたくないのか。
 あっと、わざとらしい声が上がった。
「誰かさんが前に言ってた料亭を頼んでもらったんですけど、誰か暇な人いないですかねえ」
「あのさあ、ボク君の上司だし今日誕生日なんだけど」
「今日の主役じゃないですか」
「その主役が暇なんてことあり得ると思う?」
「思いませんけど、まあ一応。独り言ですし」
「…しっかたないなあ。可哀想な馬越くんのために今日の主役が一肌脱いであげよう」
「そうですか。それはありがたいことです」
何処までも棒読みな口調とは裏腹に、手を取ったその仕草は何処までも優しかった。
 優しすぎて、くだらなくて、涙が出そうだった。



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20170113