君が優しく微笑むものだから。 

 好きだと、その気持ちに名前を付けることはひどく簡単だったけれども、これが恋情であるのか友情であるのか、それともただの上司へ対する尊敬、はたまたただの憧憬であるのかまでは分類することは出来なかった。特別条件の良かった訳でもないこの引き抜きに応じるくらいには、その気持ちが大きなもので見過ごせやしないのだと、それは分かっていたが。幼馴染で恋人で婚約者で許婚で駆け落ちの相手で―――いちいちそのすべての言葉にそれぞれを意味をつけてやらなければ説明のつかない、でも一言で表すのなら大切な人、と。そういう存在がずっと隣に佇んでいることも知っている。彼女、否、彼のその自分も最初騙された厄介な趣味のことも。それでも尚名前が付けられないでいるのは、きっとこの関係を崩したくないからなのだ。この気持ちに正しく名前を付けてしまえば、この身の振り方を考えずにはいられなくなる。ともすれば生命が脅かされるようなこんな職場に、いつまでもいる理由がなくなってしまう。それが、きっと、この上なく嫌なのだ。
 前の生活に戻るのは簡単なことだ。非日常にもまれたからと言ってそれが中毒になってしまうほど可笑しな人間ではないと自覚している。しかしそれでも、それでも。この人の傍を離れたくない、離れてはいけない、なんて。そんなことを思ってしまうのは。
 朝の紅茶を出した、その時の恐らく一番無防備な表情を、知ってしまっているからなのだろう。



いばら

***

優しい嘘をちょうだい。 

 「ユウは、僕のこと、好きですか?」
ああ、狡い聞き方だな、なんて一人思った。今は丁度買出しに出掛けているけれど、もしもエイがいたならばきっと良い顔はしなかっただろう。だからこそ、優しい彼女のいない時を見計らって、ユウにこんな狡い問いかけをしているのだ。
「うん、好きだよ」
返って来たのは想像通りの言葉で、サングラスの奥の悪戯っ子のような目の輝きまでそうだ。エイはこういう反応を予測し甲斐がなくてつまらないと言うけれど、人の予想の範疇を超えないのがきっとユウの仕草なのだ。勿論わざとの。エイのそれは皮肉であり彼女も本気でそう思っているわけではないけれど、それでもきっと、ミィはエイよりもそのわざとらしい反応が好きだ。
「えへへ、嬉しいですね」
笑う。不毛だと、きっと言わなくても分かっているのだ。エイもミィも、きっとユウだって。
「僕もユウが好きですよ」
好き、という言葉に留まらせているのは。
 自分の欲しい言葉を言わせる、そのためだけなのだ。



under!

***

「少しくらい、背伸びさせて」 

 次はこの宝石を狙う、と渡された資料には宝石の詳しい説明とありあまる逸話、そして現在の展示場の綿密な見取り図が書かれていた。
「予告状は出しましたか?」
「いや、まだだ」
「では出しておきますね。日付はいつにします?」
「そうだな、少し時間も欲しいし…三ヶ月後ってまだ展示やってるよね?」
「はい」
「じゃあ今日から三ヶ月後で。忘れないでね」
「僕は忘れませんけどね」
盗むのはご自分じゃあないですか、そうため息を吐きつつ分厚い資料をポケットにねじ込むと、予告状に使うカードを取りに部屋を出た。
 三ヶ月、という期間が紛れもない自分のために取られたものなのだと、分からないほど鈍くはない。見た目よりも長生きしているらしいこの人は、何かと子供扱いしたがるのだ。最初こそ反発していたが、結局能力も技量も適わないままなのでしたいようにさせている。それに、別に馬鹿にされての猶予期間ではないのだ。弟子を愛するが故、可愛がるが故の時間。警察に捕まるようなことも失敗するようなことも、ましてや生命を落とすことなんて絶対にないように。謂わば過保護なそれは愛されていることの裏返しであって、気恥ずかしさこそあれど嫌悪などするわけがない。
 しかし、早くその非保護下から抜けたいと思うのも事実で。
 「…師匠の馬鹿」
寒々しい廊下で一人呟く。
「僕だって、貴方の力になりたい、のに」



吸血鬼

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20160525