もーいーかい。
まーだだよ。
林の中で子供たちの声が響く。
薄暗い林とは正反対の、明るい声。
「もーいーかい」
「もーいいよ」
すぐ横で声がして、鬼は少しだけいらっとした。
「ちゃんと隠れろよ、あと十しか数えねーぞ」
じゅーう、きゅーう。
カウントしているのにどうしてかその気配は横から離れようとしない。
いーち、ぜーろ。
「…どっか行かないお前が悪いんだからな」
ばっと目を覆っていた手を外して、振り返る。
「…あれ?」
視線の先でにこにこ笑っていたのは、知らない顔だった。
「お前、誰?」
少年はにっこり笑うと、ねぇ、僕も入れて、とねだる。
「別にいいけど…多分次の鬼お前になるけど」
「大丈夫!」
少年は嬉しそうにそう頷いて、鬼の手を取った。
「…なら、別にいーけどよ」
みんなを探さないと。
鬼の視線はすでに少年にはなかったため、
その唇がにやりと妖しく弧を描いたのを、知らなかった。

「…ここにもいない」
林の中を駆けずり回ったというのに、誰も見つからない。
「みんな、何処隠れたんだろ」
木の上とか、ないよなぁと見上げる。
その横で、少年は楽しそうに笑っていた。
「あのね、」
種明かしをするように。
「隠れたのはね、君の方だったの」
「は?」
何を言ってるんだこいつ、と思いっきり睨みつけてしまった。
「だからね、君が、隠れてしまったんだよ」

わん、と林の上の方から声がする。
どこいったんだろ、見つかった?いないよぉ、はやく出てきてぇ…。

「聞こえるでしょ?君が隠れてしまったから、みんな探してる」
「じゃあ見つけてもらわないと」
慌てもせずにそう返した鬼に、少年は少しだけ気に入らない、という顔をした。
「…じゃあ、もーいいよって言わないと」
「ああ、もー…」
ぴた、と言葉が止まる。
「どうしたの?」
「…なんか」
ぞわぞわ、と背中が寒い。
「はやく言わないと。見つけてもらえないよ?」
「いや、」
「ねぇどうしたの、何で言わないの、ねぇ、早く言ってよ!」
がくがくと肩を掴んで自分を揺さぶってくる少年の顔を見て、鬼は思わずうわ、と呟いた。

少年の顔はさっきよりも赤くなっていて、額からは小さな角がぎにゅり、と生えている。
どう見ても、人間じゃない。
「もーいいよ、って言ってくれないと駄目じゃない。ねぇ、早く。簡単でしょ?言ってよ!」
「…やだよ」
「どうして!」
「だって…」
お前、鬼みたいだもん。
そう言葉にする前に、
「みーつけたっ!」
ぱあ、と辺りが晴れ渡ったような心地がした。



「で、気付いたらみんなに囲まれてた」
「うわー。それ、あすこですよね、河川敷の裏の林」
「え、何で分かったんだよ」
「あすこ、子供を好んで食う鬼がいて神隠しが多発するとこなんですよ。
私が小学生の時に父が祓いましたけど」
「あ、じゃあやっぱもーいいよって言ってたら」
「そうですね、食われてましたね」
「危なかったなー」
けたけたと笑う俺にそうですねーと同じように笑う成。
笑い事ではないとは思うが、慣れてしまったものは仕方ない。
「あ、でも、最後のみーつけた、ってのだけは分からないんだよな」
「私もそれ謎ですね、何だったんでしょう。
あの辺じめじめしまくってるから神様が嫌うんで、鬼が住み着くようになってたんですよ。
だから地付きの神(ひと)はいないはず…通りすがりの神(ひと)だったんですかね」
「そんなお前みたいなやつがホイホイいるかよ」
「えーでもわりと神様たちって旅行好きですよー?」

あはは、とまだ他愛もない話を続ける俺たちにウキギがはぁ、
とため息を吐いたことには気付かなかった。
勿論、覚えていないものですねぇ、という呟きも、爆笑している俺たちには届かなかいのだ。





20140110
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