赤と黒
「いってえ」 やっと声が出た。 その赤いものを腹の上に乗っけて、僕の手は受け身を取って。 けれどもあちこちぶつけたし正直頭を打ったりしてないのが奇跡だ。 百段ある急な階段を転がり落ちたことを考えれば上出来だろう。 腹の上でそれは呆然としているようだった。 「おい、怪我はないか」 腕を掴んで様子を見る。 顔を覆っていたのは着物と同じ赤の狐面だった。 憤怒の表情をしているそれに、触るな、そう言われた気がする。 「怪我はないかって聞いてんだよ」 しかしそれに負ける僕ではない。 ずいっと顔を近付けてやると、蚊の鳴くような声で大丈夫です、と返って来た。 よし、と手を離してやる。 というかこいつ女か。 掴んだ手が細かったことに今更気付いた。 女なら腕をつかむなんて、悪いことをしたかもな、と思った。 手を離したことで安心したのか、その少女は立ち上がった。 その時にひら、と膝小僧が見える。 「おい」 怒ったような声が出たのはそこにべったりと血がついているのが見えたからだった。 「怪我してねえって言ったじゃねえか」 「だから、して、」 「るだろ」 此処、ともう隠れた膝小僧をめくるときゃっと悲鳴が上がった。 そういえば女だった、とため息を吐く。 「しゃあねえな」 ほら、としゃがみ込むと背中を向けた。 「な、に」 「送ってってやるから乗れ。それじゃあ歩くのしんどいだろ」 「や、やだ」 「わがまま言うんじゃねえ」 ほら、ともう一度強く言うと、しぶしぶと言ったように腕が回される。 「黒は、きらいだ…」 小さく呟かれたその言葉に、ンなこと知るか、と思った。
20140920