靴を取り出したら何やら紙切れが落ちた。
拾い上げて開く。
「…ふ、」
思わず笑みが漏れた。
いつだってどこだって、人間は薄汚い。



スクラップ
「なーあーに、それ」 後ろからひょこり、染が顔を出す。 「ん、内緒」 「あっもしかしてラブレター?」 「はは、だから内緒だってば」 くしゃり、と握り潰した髪は掌に簡単に収まるくらいに小さくて、またそれが可笑しかった。 染をまいて校舎裏。 「ほーら、一人で来てやったよ」 ぎらぎらと敵意のこもった目を見て薄笑いを浮かべてやる。 するとそれが癇に障ったらしく、一番近くにいた男が声を上げた。 なんでも彼によると、染は梓に付きまとわれて迷惑しているらしい。 また笑う。 二人の関係を、誤解を招くことを承知で正しい言葉にすれば、 つきまとっているのは梓ではなく染の方になってしまうだろうに。 流石にそんな事実を説明したところで火に油、 そもそも自分たちのルーツを知ることのない彼らには理解のしようもないこと。 だから梓は手を広げる。 挑発するように、いつでもかかってこいとでも言うように。 まだまだ言いたいことのあったらしい彼も、 その後ろにいた別のことを言いたかったであろう他の男たちも (どうせ流れ的に同じようなことをカラグや六花で言うつもりだったのだろう)、 ぶちりと血管が切れたらしく、襲いかかってきた。 梓はそれを笑いながら見ていた。 それだけだった。 ぼんやりと空を見上げる。 お粗末な殺気も薄汚い嫉妬も、梓には届かなかった。 彼らにはひどく気の毒ではあるが、 研ぎ澄まされた刃のように鋭くなければ、梓には血を流すことも叶わない。 「…ったく、平民ならとっくに死んでる…ってかその前にやり返してるか」 仕事のためにも、梓は怪我をする訳にはいかない。 そんなことになれば、カラグを守ることが出来ないなってしまうから。 だからと言って馬鹿正直に返り討ちにしていたら更に強いものを連れて来られたり、 多勢に無勢がもっとひどくなるだけだろう。 それは、面倒だ。 それならば、そこそこに殴ったという実感を与えてやって、気分を晴らしてやるのが良いだろう。 受け流す術なら身につけてある、相手はどうせ素人だ。 思った通りに、衝撃を受け流し続けた梓に気付くことなく彼らは去っていった。 二時間もかからなかった、と思う。 身体は何処も痛くない。 痛そうな声を出すのも、苦しそうに身体を折るのも、 地面に転がるのも、やってみせたんだから充分だろう。 ごろり、と身体を回転させ起き上がる。 「…結局、敵対なんて、同等のものでしかなれないんだよ」 思い浮かぶのは染の元婚約者。 自分を射殺さんばかりの目で睨み付けて来た幼馴染。 強さを手に入れて、一人立つ孤独を噛み締めて来た梓に必死で追い縋ってきた唯一の友。 決して追いつくことは出来ないと、 きっと彼にも分かっていただろうに、それでも諦めなかった、馬鹿な友。 「…ヒテル」 もうきっと、友と呼ぶことすら赦されない少年の名を呼ぶ。 そうしたら急に空がこんなに青いことが可笑しくなって、涙が出てきた。 痛みはないはずなのに何故かひどく苦しくて、寂しくて、 その先に何を思っているのかなんて自分が一番良く分かっていて。 そんなちぐはぐな感情が余計にまて、可笑しさに拍車をかけていた。
20140401