機械仕掛けの運命 

 世界は終わるのをきっと待っていた。
 ミカ・ライトニングはそんなことを思いながら、今しがた目の前に現れた竜を見上げていた。これは邪竜だろうか、竦んだ訳でもないのに動かない脚に何を言うこともせず、ミカはそんなことを考える。この世界の竜は大きく分けて二種類だ。白亜の塔から現れ世界を食らう邪竜、人間と契約して邪竜を狩ろうとする神竜。今目の前にいるのは一体どちらだろう。ひどくその肌は生命感を感じさせず、生物というより何か、機械仕掛けの巨大な建造物、と言った方がしっくり来るような気がした。
『名を告げよ』
頭に直接響くような声でそれは言った。
「…名前を聞く時は自分から、というのは人間の勝手でしょうか」
ミカが返したのはそんな言葉だった。
 この世界には魔法があり、多少ではあるがミカにもそれは使えた。しかし使える、とは言ってもたかが知れている。
 過去にライトニング家は何人もの竜との契約者を排出してきた。それが最近ではめっきりであり、ミカに至ってはものを浮かせることすら真面に出来ない。だから魔法から離れていつしか家は機械仕掛けのものを中心にした工房を持つようになり、変人扱いをされてきたものだが。
「竜は魔法を使いこなせる人間を選ぶのではなかったのですか」
『わたしは呼ばれた』
「俺は呼んでないのでとりあえず人違いですね」
『呼ばれた』
「だから人違いです」
『呼べ』
話が通じない。
 異種間の会話などこんなものなのだろうか、とため息を吐きかけた時。
 ぶわり、と風圧がミカの身体を押した。
「な…」
竜が、頭を垂れていた。
『主(ぬし)は違う』
「…何がです」
『神のよう』
「いやそれ神様に怒られますよ」
どっかにいるんでしょう、神様、と言えば竜は髭を揺らして、恐らく頷いたのだろう。
『呼べ』
「だから何を」
『わたしを』
「名も名乗られていないのに?」
『知っている』
竜の硝子玉でも嵌めこんだような目が、感情のなさそうな目が、ミカの後ろを見る。ミカの後ろの本を見る。
―――デウス・エクス・マキナ。
ばかばかしいと、読み上げたその言葉が。
 光を放ってミカを取り囲む。竜の硝子玉が薄いまぶたに細められる。
「は………」
思わず出たのは嘲笑だった。
「それが貴方の名前ですか」
『左様』
「貴方の方がよっぽど、」
その先は飲み込む。
『名を告げよ』
竜は繰り返す。
『主の名を、告げよ』
それで契約は完了する。それは何も知らないミカでも分かった。
 世界は終わるのをきっと待っていた。
「ミカ。ミカ・ライトニング」
ミカの名が光を放って竜を取り囲む。ギリギリとした歯車の音で首を擡げた竜はその名を目に映し、そうしてまた頭を垂れた。
『ミカ。わたしの主よ』
「………これ、俺もう逃げられないやつですよね」
『行け。白亜の塔へ』
「分かりましたから、急かさないでください。あいさつ回りとか説明とか、しないといけないでしょう」
『待つ』
「…物分りは良いんですね」
呆れたように息を吐く。
 「マキ」
 竜は恐らく、人間で言う首を傾げる動作をしたのだろう。髭が妙な方向へと曲がっている。
「貴方の名前は長いですから。嫌ですか?」
『主の行動に間違いはない』
「なんですかそれ。人間は間違う生き物ですよ」
『ない』
「…別に良いですけど、もう」
話が通じないことは最早慣れるしかなさそうだった。
「夕飯にはとりあえず家族は集まると思いますので」
『待つ』
「はいはい、待っててください」
『行け。世界へ』 
「はいはい、分かりましたから待っててください」
 歯車の音がする空間でミカは育ってきた。だからだろう、この竜(実際のところ本当に竜なのかどうか怪しいものではあったが)に名など名乗ってしまったのは。
「………さあ、本当にどう説明しましょう。仕事の引き継ぎもしないとですし…旅に出る準備も…」
『待つ』
「はいはい」
 世界は終わるのをきっと待っていた。
 だからこそ、この神を世界に作ったのだろう。



なるかみさんは心の神の力をもって邪竜を封印する契約者です。竜の事を道具と思っています。戦い続けいずれ竜を自身の手で屠るでしょう。
#竜と贄の契約者
https://shindanmaker.com/617791

なるかみさんは機械の神竜で寛容の力を持つ竜です。契約者の事を神聖な存在と思っています。戦い続け、いずれ契約者を己の牙で屠ります。
https://shindanmaker.com/617786

設定(世界観)
http://privatter.net/p/1490026

***

機械仕掛けは涙しない 

 機械仕掛けの竜が目の前に現れて、半ばなし崩し的に契約を交わしてから一週間。あれからミカ・ライトニングはミカと同じようにぽかん、とする家族に殆ど端折ったような説明をして旅に出ていた。仕事その他諸々の引き継ぎ、お得意様やご近所への挨拶などを終えるまでにそう時間がかからなかったのはこの竜があまりに生き物じみていなかったからだろう。ミカだって目の前に現れた竜が生き物生き物していたら気圧されたからと言って名を名乗るなんて真似はしなかったはずだ。
 竜と契約をすれば邪竜と戦わねばならない。自らと契約した竜を神竜として、この世界を食らう邪悪なるものに立ち向かわなければならない。この世界は確かにミカの暮らしている世界であり、邪竜問題はミカにも無関係ではない話ではあったけれども、それも世界の成り行き、仕方がないことと思っていた。自分でどうにか、なんて思うほどミカは正義感にあふれている訳ではないし、そんなことに時間を割いているくらいならば仕事の方を優先したかった。
 けれど、それを読んだかのようにミカの目の前に現れたのは機械仕掛けの生き物らしくない竜だった。契約をして一週間しか経ってはいないが、時折油差しをねだってきたりするその竜が生き物だとはミカには思えない。
―――変わらないな。
そう思ったのは何度目かの油を差している時だった。今まで自分がしてきたことと、何も変わらない、と。そう思いながら竜に接する時間は、それなりにミカに平穏を与えていた。
『ミカ』
荘厳な声がミカを呼ぶ。
『うまいか』
それはミカが食べているサンドイッチに向けられた言葉だったらしい。
 路銀に困るほど家が困窮している訳でもなかったが、今のミカはこの大きな機械仕掛けの竜を連れた旅人だ。竜の契約者である以上、不用意に町中に入る訳にもいかない。邪竜の中には神竜を狙って襲うものもあると言う。ミカは別段正義感にあふれるという訳ではなかったけれども、無駄な犠牲を率先して増やしに行くほど馬鹿でもなかった。
 とは言え、旅を続けるのに路銀があって困るということはない。隠し場所ならばこの竜の身体に幾つか作ることは他愛もないことだったし、見晴らしの良い場所に竜、マキを置いて一人、街や村へと出向いて数少ない機械の修理を受け持ちながらゆっくりと白亜の塔を目指していた。
 契約をした、あの日。
 マキはミカに行け、としか言わなかった。その後には世界へ、と続くだけだった。それは機械仕掛け故の言葉の足りなさなのだとミカは思っていたけれど。竜とその契約者は白亜の塔を目指す、それは古くから決められたことのようなものだったから。勿論、塔を目指さずに邪竜退治だけを続ける契約者もいない訳ではないけれど、ミカにはそれは魅力的には映らなかった。
―――どうして?
ミカが聞かなかったのは、聞く必要がないと思ったからだ。だと言うのに、今はひどく、その疑問が胸で渦巻いている。
「うまいですよ」
それを抑えてミカは言った。
「貴方だって、竜だと言っても見たことくらいあるでしょう」
 竜と人間の世界はそう遠くない。契約者とて、少ない訳ではない。ただ、この世界には人間が多すぎる、ただそれだけで。邪竜ではない竜が何処から来るのかミカは知らなかったけれど、人間を見たことがないなんてことはないだろう。そんな生まれたてのようにも見えなかった、のだし。
『はじめて』
 だから、その言葉は予想以上の衝撃をミカに与えた。
「はい?」
『初めて、だ』
外の世界は、と続いた言葉に思わずサンドイッチを取り落とす。
 外の世界が初めて、なんて。それは、まるで、本当に。
「…マキ」
『なんだ』
「貴方は、一体―――」
その先は言葉にならなかった。
 代わりに、落としてしまったサンドイッチを拾ってスコップを取り出す。
「…貴方って、ものを食べるんですか」
『いや』
「ですよね」
こんなどこもかしこも機械仕掛けのくせをして、まるで生き物のようにその瞳だけはミカを映すものだから、ひどく落ち着かない気分になった。
 食べられなかったサンドイッチの墓標は立てなかった。

***

ひとでなしの在り方 

 戦いというのはあっけなく終わった。マキが強いのか、それとも竜というものがそもそもそういった種族なのか。その前にマキを本当に竜としていいのかすら、ミカには分からなかったけれども。
 問題はそれが街中で起こったことだっただろうか。マキは大丈夫だと言った、ミカはそれに頷いた。マキは言えと言った、ミカはそれに納得した。マキはミカが修理出来るものであると言った、ミカはそれを実証した。だから、そうやってやってきたのに。
「竜を何だと思っているの!?」
誰の叫びかは知らなかった。知らなかったけれどもミカには届いた。勿論、マキにも。
 マキの尾が振れる。まるで喧騒からミカを守るように。
「マキは俺が修理するから良いんですよ」
それは正しいことだった。他の竜と契約者がどうであれ、マキとミカはそうやってやっていくと決めたのだ。それは二人(一匹と一人?)の世界であって、他者が口出し出来るものではない。
「貴方たちに、俺の竜のことをとやかく言われる筋合いはない」
 ひとでなし、との声が飛んできた。それはミカには突き刺さらなかった。

***




20170423