森野紅絹。
高校二年七組。
陰表問わず言われていたあだ名は“コケシ”であったが、
最近その名で呼ぶ人間は少なくなってきたように思える。

その、理由とは―――



other
ぱたぱた、と足音がする。 「紅絹!」 犬の幻影が見えた。 恐らく紅絹にも同じものが見えているであろう。 この高校で知らない人間がいない、 そう言われているのさえ紅絹は最近まで知らなかったらしい。 とても、紅絹らしい。 原田絢太。 その外見、愛嬌、知能、性格、更には家柄までなかなかのものである彼を、 流石の紅絹も知らないことはないだろうと思っていた。 王子様。 それが原田絢太のあだ名である。紅絹のあだ名が“コケシ”であるように、 こちらも他人が勝手に呼んでいるものではあるが、 どうやら紅絹と違って原田絢太はそれが気に入らないらしい。 もっと紅絹を見習えと思う。 そんなみみっちいことを気にするなんて、本当に残念なやつだ。 さて、その王子様がどうして紅絹につきまとっているのか、 その理由はいまいち良く分からない。 紅絹から聞いた分によれば彼は紅絹が気に入ったからだとのたまったらしいが、 本当にそんな馬鹿げた自分勝手な理由なら拳をふるうしかない。 クラスが違うのでその様子をこの目で見ることは叶わないが、 原田絢太の紅絹へのつきまといっぷりというのはすさまじいらしい。 移動教室と言えば一緒に行こうと手を引き、 昼になれば一緒にご飯を食べようと弁当を持ってきて、 帰りは一緒に帰ろう、挙句の果てには勝手にデートの約束を取り付けると来た。 これで紅絹が真面目に嫌がっていたらすぐにでも引き離すのに。 ぱたぱたと足音が近付いて来て、 そうして原田絢太の視界に入った“私”に原田絢太はぎょっとしたようだった。 「何か用か」 それに気付かない紅絹はそう問う。 「…その、一緒に帰ろうと」 「あら、でしたら私はお邪魔ですね」 にっこり。 笑う。 お前にはこういう顔は出来ないだろう、そういう意味を込めて。 “私”はこいつをきっと許さない。 絶句した原田絢太を置いて、紅絹に手を振って、また明日、なんて言って。 それから意気揚々と家路についた。 まだまだ原田絢太に勝ちなど譲ることなどしなくて良いのだと、 それが分かってとても気分が良かった。
20141212