午後二時の電話までは内緒の話
星が煌めくのは何かを伝えたいことがあるからだと、そう母親に教わった。 記憶の中のその顔に靄が掛かっているのは、 それが水沙の失われている記憶と密接に関係しているからだろう。 きらきらと輝く遠い空の彼らは必死に燃えているのだろうが、こちらには微かな光しか届かない。 その微かなものの中で、いっとうきらめくものがひとつ。 それに寄り添うのは小さな青い星と、 少し離れて煌めく白い星。白い星の方には他の輝きも呼応しているようで、 水沙は見上げる夜空に微笑んで見せた。 星の位置はいつだって変わらない、だってこの光はずっとずっと前のものなのだから。 けれども星見の力を宿す人間には、その微妙な差異が分かる、 彼らが生命を投げ打って届けてくれるメッセージを読み取ることが出来る。 記憶が消えてしまっても、 そのことだけは日常に染み付いた癖のように、忘れることはなかった。 「みーさ」 冷えるよ、と肩に毛布を掛けてくれたのは友人だった。 水沙の記憶が始まった時からずっと、一緒にいてくれる友人。 「空、見てたの?」 「うん」 頷くと友人は微妙に眉尻を下げた。 仕方のない反応だとは思いつつ、水沙は心の中でだけごめんね、と呟く。 彼女にとって、幼馴染であるらしい水沙の記憶の喪失は、どれほどに打撃だっただろう。 それを推し量ることは出来ない。 けれども星の輝きは、彼女が苦難に見舞われている最中だと示していて、 恐らくそれは自分の所為なのだろうと、それくらいは分かっていた。 星が告げる程の苦難、それに起因するのが自分だなんて。 それに気付いた時、不謹慎にも心が揺らめいたのはきっと、彼女には言えない。 「明日はきっと、良いことがあるよ」 振り払うようにそう告げれば、返って来たのは笑顔で安心する。 「水沙にそう言ってもらえるといつもより楽しみになるね」 明日。 三月十九日。 今水沙の隣にいる彼女の、誕生日。 いつもは同じ月の二十六日に誕生日を迎える水沙の分と、一緒にやっていたが。 「我が侭言って、ごめんね」 「いーえ。我が侭だなんて思ってないよ。 でも、今年はどうしたのー?別々に祝いたい、なんて」 今年は別にしたいと、そう水沙はねだった。 それもこれでも星が囁いたから。 そして、その囁きの通りに、記憶のことで世話になっている友人から電話を受けたから。 なんとなく、と呟く。 「今年はケーキをちゃんと二個、食べたいなって思ったの」 これは秘密なのだ、秘密だからこそ話せない。 にこ、と笑ってみせれば、そうだよね、と同意の言葉が返って来る。 自分の言葉通り、その日が素敵なものになるように。 「そろそろ寝る?」 「うん、寝る」 窓を閉めて寝室へと向かう。 空を見なくても、明日はきっと、良い日になると、良い日にすると、心に決めていた。
20140319