ぱたぱたと音がしていた。
「裏の森の湧き水の音じゃなイ？」
いずみに尋ねたらそんなふうに呟いた。
「湧き水？」
「今日八月一日デショ」
うん、と頷くと、いずみは更に続ける。
「今日、水の日なんだヨ」
「水の日？」
「ウン。制定しタのは国土庁…今の国交省カナ、なんだけどサ。
その話したラ、どうモ面白がっちゃっタみたいデ」
毎年この日は水の出血大サービスなのだ、と彼は言った。
水の出血大サービスってなんだ、とは突っ込まない。
いずみの表現やら例えやらが可笑しいのは今に始まったことではない。
「まァ、デモ。綺麗っちゃ綺麗だヨ」
「行ってきても良い？」
「出掛けるマデには戻っテきてネ」
あと、着替える時間も見積もって。
今日は、君の誕生日なんだから。
その言葉に笑みを返すと、いってきます、と外に飛び出した。



水の幻影



白狐の黎明堂の裏は森になっている。
森、というか山と言っても差し支えないように見えるがいずみ曰く森なのだそうだ。
足を踏み入れることを躊躇うほどに鬱屈とした森。
けれども細く、まるで誰かが通ったような道がいつだって出来ているのだから不思議だ。
此処には店主であるいずみと、従業員のうちの一人である涼水しか住んでいないはずなのに。

音を頼りにその道を進んでいく。
そうして開けた場所で、
「わあ…！」
涼水は声を上げた。

そこにあったのは滝だった。
いつもは小さな滝なのだろう、周りの植物も巻き込んでそれは拡大している。
そしてその水面には可愛らしいキャラクターが走り回る様が映し出されてた。
見覚えのあるそれは、もしかしなくても黎明堂メンバーのデフォルメなのだろう。

にゃあ。
足元の声に反応して視線を落とすと、真っ白な猫が涼水の足に擦り寄っていた。
「貴方がやったの？」
にゃあ。
「すごいねっ！」
ふふん、とでも言いたげに白猫は鼻を鳴らす。

そうしてその尻尾がたん！と地面を叩くと、ぶわ、とその勢いが増した。
滝壺の中から噴水のように幾筋かの水柱が立つ。
その周りを噴霧が囲っていき、走り回るキャラクターたちは霧の上へと移動していった。
「すごい…！」
涼水が声を上げる度に白猫は嬉しそうに喉を鳴らし、その演出もどんどん素晴らしくなっていく。
スプリンクラーのように噴射される水が自分に掛かるのも気にならなかった。
むしろ、夏の蒸し暑い中では有り難いくらいだ。
湧き水ということもあってかそれはとても冷たくて気持ちが良い。

噴射に感覚があるのか、照らされたそれはぎざぎざと波打って、そして虹のようにも見えた。
きらきらするそれらを見つめていた隣で、白猫はくるりと一回転してみせた。

その途端、すべての演出が止んで、元の滝へと戻る。
その水面には。
「！………えへへ、ありがとう」
同じようにびしょぬれになった猫の喉を掻いてやる。

Happy Birthday Suzumi

色とりどりの文字が、太陽の光の中で楽しそうに踊っていた。

暫くそれを眺めていた涼水だったが、腕時計を見遣ってからもう戻らなきゃ、と呟く。
そこで初めて自分の有り様に気付いて、
着替える時間を見積もれと言ったいずみの真意を理解して、笑った。