あなたを貪り食いたいわ!
峙つ悲しみの向こう側 「アベル」 呼び掛けられて振り向くと、悲痛な顔をした同僚がいた。 「十八小隊が…」 その言葉にまたか、としか浮かんで来なかった。 ここは戦場なのだ、こんなことは日常茶飯事。 そうして心が摩滅していく。 「ごめん、今だけ…」 肩口に頭を押し付けられるがそのままにしておく。 微かな嗚咽に暫く耳を傾ける。 はやく、はやくこんなこと終われば良いのに。 そうしたら、こんな風に泣く人は減るのに。
白狐の黎明堂
行き場のない寂莫を探しております いつものように出勤して、小さな上司の姿が見えないことに気付いた。 何かまた事件でも入ったのか、 それならば単独行動の過ぎる彼女は一人で行ってしまったのかもしれない。 「あ、すみません、笠井警部は…」 「あれ、そういえば今日はまだ見てないなぁ」 返って来た言葉に首を傾げる。 流石に一度も此処に寄らずに何処かに行くなんてことはないだろう。 休み、だろうか。 結局始業時間になっても彼女は現れず、ちらほらと心配の声が上がってきた。 そして午後、家を見て来いと命じられ、俺は車を走らせていた。 遅刻も休みもなかった誰よりも真面目で優秀な彼女。 もしかしたら動けないなんてことになっているのかもしれない。 課の全員の意見の一致だった。 そして、着いた先。 「何だよ…これ…」 大家さんに鍵を開けてもらった小さな部屋は、誰がどう見ても荒らされた後だった。 連絡を入れてから室内を見回る。 いつかプレゼントであげた飾るタイプの指輪が、乱暴に転がされていた。 小さな上司の姿は見当たらなかった。 それから直ぐ捜査が始まったが手掛かりはゼロ。 彼女も出てくることはなかった。 身内のいなかった彼女の持ち物は、遺留品として署で保管している。 俺はそれを時々取り出して見る。 何処へ行ってしまったんだろう。 課の中で俺だけが呼ぶことを許された名前を囁く。 寂しささえ真面に感じられない俺を、はやく、助けてくれ。
白狐の黎明堂
宇宙の氾濫 聞いて驚くなよ。 オレは所謂宇宙空間という所を旅していた。 特別派遣調査員という、時折行方不明者も出るなかなかに厄介な仕事についていた。 しかしそれもブラックホールの突然の出現や、 うっかり星が燃え尽きる瞬間に傍を通過してしまうとか、そういったものが原因で起こるものだ。 だがオレが巻き込まれたのはオレが知る限りでは前列のない事態だった。 宇宙空間がでろりと歪んでいたのだ。こちらのもので表現するなら、 そうだな、逃げ水―――下位蜃気楼みたいなもんだ。 何で知ってるかってそりゃ、いろいろ調べたからな。 重ねて言うがオレは特別派遣調査員で、 それは名前の通りに宇宙のあらゆるものを調査する仕事なのだ。 元々調べ物とか好きなんだよ。 勿論オレはそれを調べようと近付き、次の瞬間とんでもない力で吸い込まれてしまったのだ。 気付いたときオレは真っ白なベットの上にいて、何処かの星に不時着したのかと思ったよ。 不時着はよくある話だったから驚きはしなかった。 だけど、オレが起きたのに気付いた人が部屋に入ってきた時には驚いたね。 違う星で同じ形の生き物に出会うのは初めてだったからな。 結局言葉は通じなくて、 オレは不法入国者と思われて警察に突き出されそうになった所を逃げて来たという訳だ。 今思うと言葉が通じたら通じたで病院に突っ込まれそうだがな。 そうして兎に角逃げて、 この状況をどうにかしたいと強く思いながら扉を開けたらこのお屋敷だった。 あまりに突然のことだったから何が起こったかは分からなかったし、中からチビは出てくるし。 …あぁ、狐ってのはいなかったからそうは思わなかったよ。 今見ると確かに似てるな。 言葉は相変わらず通じなくて、 チビは書庫をひっくり返して探してくれたらしいけど類似言語もなくてな。 結局イチからオレが覚えることにしたんだ。 そうだな、お前が来る前、少しだけ此処に住んでたんだぜ? 三ヶ月もしたら日常会話で困ることはなくなって来たから、出て行くことにしたんだ。 今は大学行ってるよ、この星の機械が面白くてな。 帰る方法は見つかってないが、まぁ帰れるようになるまでは此処での生活を楽しむさ。 アクシデントは楽しんだもの勝ちだしな。 実を言うと捜査員やってた頃より楽しいんだ。 向こうでは個々の関わりが少ないから未練もあまりないしな。 冷たいとか思うなよ? はい、オレの話はこんなもんだよ。
白狐の黎明堂
安堵はしたくない。不安だけでいい。あなたが消えてしまうなら。 「要らないよ、こんなの」 膝を抱える。 大層な名前を与えられた大嫌いなあの人は、定められた運命通りに消えてしまった。 それを知っているのは事実上此処に何も関係のないアタシだけで、 皆の記憶からあの人は消えてしまっている。 それは一種の安堵だった。 周りの人はアタシたちを比べたりはしなかったけれど、 それでもアタシは比べてしまっていたから。 アタシはアタシで居て良い、誰かを気にして卑屈になることなど、もうしなくて良い。 お前なんか要らないと言われる日が来るんじゃないかと、びくびく不安に怯えなくても良い。 けれど、それはあの人の存在そのものと引き換えなのだ。 「馬鹿じゃないの、カッコばっかつけちゃって」 抱えた膝に感じた湿り気が何なのか、それでも知らないふりをする。 大嫌い、大嫌いよ。 それでも消えて欲しいなんて、願ったことなかったのに。
手の鳴るほうへ
空々しい愛撫 「アンナ」 名前を呼ばれることすらぞっとする。 始まりは何だったのか、今となっては覚えていない。 ただ分かるのは、これは一生続いてしまうということだけ。 まるで恋人がするように肩を引き寄せられ、耳元に唇を落とされる。 ああ、気持ち悪い。 愛さえもないくせに、私を玩具にしないで。
白狐の黎明堂
汚してしまった君のすべて 恐怖も憎悪も疑問も何もない瞳で見つめられるということが、 こんなに不可解だとは思わなかった。 可笑しいと言えばこの両親も可笑しかった。 子供を差し出すから自分たちの命だけは助けてくれと。 子供だけは、と頑なに手を離さない者は仕事柄良く見るが、その逆はあまりにも珍しい。 だけれどその不可解な瞳を目にして何となく頷いた。 此処では恐らく、それが普通だったのだ。 「殺す?」 そう問われてクナイを持つ手に力を込める。 が、すぐに緩めた。 「死にたいのか」 「ううん」 私は何をしようとしている。 此処で殺してやればこの子は穢れないままになるだろう。 クナイを仕舞い、子供に手を伸ばす。 抱き上げられても抵抗一つ見せない子供。 私が連れて行けばこの子の心も身体も、魂さえも穢すことになるだろう。 それでもまたその子を手放すことは出来なかった。 この先どれだけ汚れようとも構わない。 私の所でもう一度産声をあげてくれ。
あけぼのに緑は夢を見る
魚の鰭の形をしたぼくの両足 良く夢を見る。 瞳の色だけが違う半身がいるあの夢とは違うもの。 僕はただ沈んでいく、悲鳴の代わりに気泡を上げて。 でも苦しくなくて可笑しいな、と気付いた頃、水底に着く。 余裕の出来た僕は自分の身体を見下ろす、そして知る。 魚のような、自分の脚のことを。 いつもそこで夢は終わる。 魚の面積は毎回毎回増えていっていた。 この夢が何を示すのか分かってしまうから、あの優しい半身には言えない。 「声を奪わなかった代わりに、交換にした、とか」 布団の上で膝を抱えた。 自分は人魚なのではない、人魚になりたかった魔女なのだ。 けれど、交換したからといって彼女の位置が手に入る訳ではない。 それでも彼女の位置を欲している。 「…ひどいやつ」 泣き喚いてごめんなさいと謝れたら、どんなに楽だったろう。
白狐の黎明堂
Desire you as a greedy! その眸の煌めきに、何度吸い込まれそうになったことか。 自分を抑えていなければ、ロクに向き合うことすら出来そうにない。 触れたい、抱き締めたい、接吻けたい、その先も。 こんなふうに欲をぶつけたいと思うなんて。 「…土方さん?」 呼びかけられて意識を戻した。 「ああ、悪いな」 何事もなかったように話を続ける。 これだけのことを考えていても、やはり嫌われたくないなどと思うのだ。 あまりに奇麗なこの少年に。 (あなたを貪り食いたいわ!)
紫電一閃
恵まれなかった巣窟の窓際 「アズは私を恨んでいるだろう」 死を間際にして、長兄は私を傍へと呼んだ。 最期の最期まで気にするのは次兄のことなのか、呆れを通り越して嘆息する。 「私はあの子に押し付けるだけだった…心を、潰してしまった」 私は何も言わない。 「ユーカ、あの子を頼む。 私の死後、お前はあの子の正式な婚約者となるだろう。お前にしか頼めない」 頷くしか出来なかった。 頷いた私に満足したように長兄は目を閉じる。 それが退室の合図だった。 部屋から急ぎ足で離れた私は、 日の差し込んでいる窓の枠に手をかけ、そして力なくもたれかかった。 誰も居ないのを確認して呟く。 「馬鹿なひとたち」 あまりに、悲しい。 貴方があの人を愛すから、私など視界にも入れないというのに。 それを。 鳴呼、馬鹿なひとたち。
混交する景
愛されなかった憂鬱と背理 羨ましいという感情は何処かへ封印してしまった。 二人を見ていればそれでも良いと思えた。 「…でも、だめだったなぁ」 あの時止めなければ良かったのか、いや、止めたが彼は行ったはずだ。 そういう男なのだから。 目を閉じる。 「悪いな、トシ。先にあの子の所へ行ってるよ」 そうしたらずっと黙っていたこの気持ちを打ち明けよう。 あの子は驚いて、でもきっとありがとうと言ってくれる。 トシが来たら謝って、また二人を応援しよう。 ああ、死ぬ前にしては、心がひどく落ち着いた。
紫電一閃
バイリンガル警報 サテツは私の為だけに歌ってくれる。 それは間違いだったようだ。 オームはじっとその人を見つめた。 彼の名はウタカタ、クラス長。 裏でウタカタクラスと呼ばしめるほどの管理能力で、 個性的な面々が揃うこのクラスをまとめ上げている。 先生の信頼も厚く、無理を強いないその人柄は生徒にも人気だ。 勿論密かに、だが。 成績は勿論優秀でマナーもなっている、家はちょっとした図書館のよう。 運動能力と顔立ちはそこそこだが、だからと言って文句を付けるべき所が見つかる訳でもない。 つまり、まとめると付け入る隙もないくらいに完璧なのだ。 そんな彼がどうしたかと言うと、彼はサテツの幼馴染らしい。 それもかなり親しい。 歌も学校でこそ歌わないが、帰省した時には毎日のように聞かせていたのだと言う。 ちなみに、これは全てサテツから聞いた話である。 彼とは喋ったことすらない。 視線に気付いたのか、ウタカタはこちらを向いた。 そして少し思案顔になってから、 「え」 向かって来た。 まずい、見つめすぎた、わたわたしている私の前で止まる。 すらっとその口から流れ出たのは異国語だった。 「えっ、ウタカタくん?」 私が戸惑うのにもお構いなしで彼は続ける。 暫くぽかんとして聞いていたが、満足したのか唇を結んだ。 そうしてまた自分の席へ帰っていく。 「オーム、ウタカタと何喋ってたの?」 「わ、わからない…異国語だった…」 結局、何を言われたのか、分からないまま。
カナリアの鳴く頃に
降参した君の上唇に構築した愛を惜しみなく与える私の恍惚 「水主さん!」 サンプルも取り終わり研究室を出た満月の背中を、一つの声が追って来た。 「神無咲さん」 「余所余所しいなぁ、もう。 明で良いって言ってるじゃないですかー」 この研究所に入って一ヶ月、息抜きに月を見に出た庭で出会った男。 一目惚れしました!付き合って、いや、結婚して下さい!! と言われたのを華麗にスルーして一週間、まだ付き纏われている。 「私は貴方と付き合うつもりはないわ。勿論、結婚するつもりも」 来週もやめないようなら所長にそれとなく言ってみようか。 「どうしてそんなこと言うんです?」 「迷惑だからに決まってるでしょ」 「何で嘘吐くんです?」 言葉を失う。 何処までお気楽主義…いや、自意識過剰なんだ、この男。 「僕はお気楽主義でも自意識過剰でもないですよ、念のため」 見透かされている。 「水主さんが僕を拒むのは、やりたいと思ってる研究が理由ですよね」 どきり、と胸が鳴る。 誰にも言ったことがないのに、何故。 動揺を悟られないようにと思えば思う程視線が反らせなくなって行く。 「そうですね、周りのもの全てを巻き込み兼ねない研究です。 貴方のご両親…その研究途中に亡くなってますね。 それ以降は誰も引き継いでいない、死ぬ可能性があまりにも高いからです。 でも貴方は望むんですね。 だから、せめて誰も巻き込まないように、その胸に秘めるんですか?」 口の中がカラカラに乾いていく。 親戚を転々とし、苗字だって何度も何度も変わったというのに。 「分かりますよ、好きな人のことですから」 普通ならばここはストーカーではないのかと突っ込むところなのだろう。 でも、それを含めても嬉しいという気持ちの方が優っていた。 「僕にもそれを背負わせてください。 貴方が守れと言うのなら、この身を呈して守ります。 置いていくなと言うのなら、貴方を守ったりせずに一緒に死にます。 死ぬなと言うのなら、貴方を見捨ててでも生き延びます。 だから、嘘を吐かないでください。 そんな悲しそうな顔をしないでください」 狂気じみた台詞だった。 視線が揺れる。 「好きです」 鳴呼だめだ、私の敗けだ。 息を吐く。 「約束して」 「はい」 「私を置いて死なないと」 「はい、約束します」 躊躇いがちに伸ばされた手を握ってやる。 「あと敬語、いらないから」 「うん、分かった。…ねぇ」 「何?」 それはあまりに幸せそうな顔だった。 「名前で呼んでも、良い?」 水主満月(かてみつき) 神無咲明(かんなざきあきら)
白狐の黎明堂
柳と燕と金魚鉢 「春だなぁ」 縁側で燕の巣を見上げていた俺の後ろで声がした。 「山南さん」 柔和な笑顔が帰ってくる。 腕には金魚鉢。 …何故に金魚鉢? 「ああ、近くで縁日があると聞いてね、 金魚を飼ってみるのも良いかなぁと思って出して来たんだ。 行けなくなっちゃったけどね」 そういえば夜には急な用が入ったとか。 「あ、あの…俺、代わりに掬ってきましょうか。 得意じゃありませんけど」 「本当かい?」 こうして何かやろうと申し出たときの反応が、あの人とは大きく異なる。 同じ台詞だろうに。 「一人で行くのも何なので、誰か誘ってはみますが」 「ありがとう。金魚はあまり多くなくて良いよ、可愛がりたいからね」 ぽん、と頭を撫でられる。 「君は良い子だね。楽しんでおいで」 それはまるで失った親のようで、じんわりとくすぐったさを感じた。 綺麗な金魚を掬って来よう、この人が喜んでくれるように。
紫電一閃
炭酸水に眠る 自由、未来、希望、愛。問いかけて返ってきたのは、どれも知っているという答え。 でもそれは言葉としてのみだと、見ていれば分かった。 「そうじゃないんだ」 まるで蝕まれているようだと思った。 繋がれている、その表現では甘い気がした。 それは明らかな固執だった、理由までは知らないが。 「そうじゃないんだよ」 攫ってしまえるのなら、攫ってしまいたかった。
No.
なにもいわずに暴いて欲しい 「目黒くん、お疲れ様」 商談を終えて一息。 席をとってから異科はにっこりと笑った。 「いえっ、俺は何も…部長に同行させていただいて感謝しております!勉強になります!」 「目黒くん良くやってると思うよ? でも勉強になったのなら良かった」 褒め言葉にぽわりとなる目黒。 「ううう、部長に褒められるとすごい嬉しいです…!」 一瞬ぶんっと振られる尻尾が見えたような気がするが幻影である。 「目黒くんは何飲んでるの?」 「ソイストロベリークリームフラペチーノです。季節のおすすめだったので」 白と赤のふわふわした飲み物を目黒は啜る。ずずっ。 「部長はいつもコーヒーですね。好きなんですか?」 「それもあるけど、どうも注文が苦手ねー」 長いカタカナはあまり好きじゃない。 苦笑する異科を目黒は少し意外そうに見て、それからそわそわし始めた。 「あ、あの」 「何?」 「僕で良ければ、お手伝いさせてください。 そんなにたくさん通ってる訳じゃあないですが、苦手じゃないので…」 もじもじと消えていく目黒。 異科はふんわりと笑う。 「じゃあ頼もうかな」 「は、はい!!」 もう一度尻尾の幻影が見えた。 かわいいなぁ、と思ったのは口に出さないでコップを置く。 「さぁ、そろそろ時間だ。早く飲み終わっちゃいな」 慌てて残りを流し込み噎せ始める。 ああ、やっぱりかわいいなぁ。
白狐の黎明堂
ぼくの秩序は破壊されたよ 今もまだ鮮明に覚えている。 「柚は黙っていてくれるよな?」 虚ろな目で私に縋った腕。 こんなに細かったかと、心臓が嫌な音を立てていた。 そう、きっとこの瞬間からだ。 がらがらと音はしていたはずなのに私は全く気付かなくて、 やっと気付いたのはもう崩壊も終わって暫くした頃だったのだ。 「片桐さん」 口に放り込んだ飴玉がかろん、と音を立てた。 「…幸せだと、良いなぁ」 噛み砕く。 苺の味がした、片桐さんが好きだと言った味がした。
白狐の黎明堂
駄々っ子真似っ子甘えっ子 ジュン叔父さん帰っちゃやだぁと泣き喚く私を、 叔父さんがどうやってあやしていたのか、それはあまり覚えていない。 でも叔父さんはいつでも私を可愛がってくれていた。 それはしっかり覚えている。 叔父さんがいなくなってしまったのはあまりに突然の出来事で、 小さいながらに呆然とするしかなかった。 泣くことすら出来ない程、突然のことだったのだ。 それから私はいつでも叔父さんを探していた。 そうしているうちに舞い込んできた仕事を、 日に日に叔父さんに似ていく容姿を、利用することを思い付いたのだ。 見ていますか、叔父さん。 私は今半分を叔父さんにしてます。 はやく、はやく帰って来て。 旬叔父さん。
白狐の黎明堂
号泣するきみの涙ばかりが愛しくってつい傷つけたくなっちゃうのさ 「アカツキ、お前は忘れているだろうけれど、俺は目が見えない」 どんどん離れて行く気配に少し早足で追い付く。 「ごめんね、失念していたよ」 「いつもは困ったりしないんだがな」 「うん、知ってる。だからこそ忘れてしまっていた」 少し間が空く。 何か言いたそうにしているらしいと感じて、黙ったままでいることにした。 「ねぇ、レディ。どうして見えなくなってしまったんだ?」 「魔物との戦闘で」 「呪いの類?」 首を振る。 「直接眼球を刺された。 ああ、言ってなかったか、これは義眼なんだ。 色は同じに作ったと聞いたが」 「綺麗な翠だ」 「じゃあ同じ色だ」 ふふ、と笑う声が聞こえた。 嬉しそうだった。 嬉しがる要素があったようには思えないが。 「義眼ということはレディは涙が出ないのか」 「まぁ元々泣かないけどな」 「ううん、涙が出なくてもレディは泣いているよ」 とん、と心臓の上に指を置かれた。 言っている意味は分からないが放っておく。 突っ込まない。 「レディは良く泣いているよ、そして私はそれがかなり好きだ」 告白というにはあまりに乱暴。 「これからも、もっと泣いてくれよ」 面倒なやつに捕まったものだ。 唇を歪める。 「泣かせられるもんなら泣かしてみろよ、ご主人様」 「上等だ」 指が絡められた。 だがお前は知らない。 お前の過干渉には最初から、嫌悪すら抱いていないのだ。
白狐の黎明堂
乱反射と相反
砂漠に落ちた安らぎは 最強のカードとなるだろう 貴方に出来るのは提示だけ 彼女を鎖に繋いでなどいけない
来客を告げる鈴がなった。 「いらっしゃいませ」 玄関にはぽかんと佇む子供が一人。 痩せ細った身体で中性的な顔立ちだが、女の子だろう。 『此処は…?』 『此処は白狐の黎明堂。所謂何でも屋よ』 返ってきた言語にも内容にも、少女は驚いたようだった。 陽の光がきらきらとした日だった。 『お茶でも入れるわ、とりあえず上がって。 私はビャク、筑紫ビャク。 貴方の名前も教えてくれると嬉しいわ』 『名前…』 ふわふわと付いてくる。 『そう、名前』 はにかみながら告げられた名前に、私は切り札を手に入れたことを知った。 筑紫ビャク(つくしびゃく)
白狐の黎明堂
腐った果汁 「ミカン」 そう呼んだ人はもう居ない。 ウチの一番古い記憶は生暖かい液体が降りかかってくる場面だ。 それは人間の身体を常時巡っているもので、何よりも色が鮮やかに残っている。 ウチの前に立っていたのは顔の半分が焼け爛れた女の人で、 幼いながらに殺されるんだ、と思ったのを覚えている。 しかし、何を思ったのかその人はウチを殺さず連れ帰り、その後はずっとその人に育てられた。 彦音と名乗ったその人をウチはヒコと呼んだ。 あの時ウチの前に立っていたヒコは間違いなく敵だったし、 ウチにかかった血は両親のものだった。 憎しみはあったけれども、ヒコを殺そうとは思わなかった。 薄情だとは思うが、自分さえ生きていれば良い気がしていたのだ。 そしてそれは唐突にやって来る。 倒れているヒコに歩み寄り首筋に手を当てる、死んでいた。 「…娘か?」 「そうよ」 背後から突然声がしても、驚けなかった。 ヒコが死んだ方が驚きだった。 何しても死ななそうなイメージだった訳ではないけれど、上手く想像出来なかったのも事実だ。 「キリシマに娘が居たなど聞いていないが…」 「でも居たのよ」 嘘を重ねる。 しばらく静寂が続いて、悩みながらも男が口を開いた。 「お前はどうする」 首を傾げた。 理由は分からないがヒコはこの男に殺されたのだろう。 それならば娘であるらしいウチも殺すのではないのか。 「殺すんじゃないの?」 「いや、あまりにお前リアクションが薄いから興味が湧いた」 「ロリコンね」 「違う」 ヒコの目を閉じてやる。 やっとウチは振り返った。 「ウチはキリシマヒコ…霧島比古。ウチを連れて行け」 「はいはい、お嬢様。 俺は波志定時だ、よろしくな」 定時の背中について足を踏み出す。 さよなら、ミカン、お前はヒコと一緒に死んであげて。 そうしてやっと思い出す、ああ、ミカンとちゃんと呼んでくれたのは、ヒコだけだったな。 霧島比古(きりしまひこ) 波志定時(はしさだとき)
あけぼのに緑は夢を見る
間違いなく間違った倒錯の考察 彼女はもしかして、世界を恨んでいるのではないか。 擦り切れ始めたノートを握り、その思考に至ったとき、身震いした。 いや、まさかな。 いつもにこにこと笑っているような人間だ、彼女に限ってそんなことは。 世界を恨むからこそ、愛せる世界を作ろうとなんて、そんなこと。
この世界の真ん中で
あらゆる国のあらゆる言葉のあらゆるさよなら サヨナラ、Good-bye、Buona sera、Au revoir、Adios… この世界だけでもまだたくさんのさよならが存在する。 「いつかハ…言わないとネ」 最初はこんなに大切になるなんて思っていなかった。 今手放し難く感じるのは、あの人を惑わす力の所為ではないと確かに言える。 あと幾つの言葉でどれだけのさよならを練習したら良いのだろう。 「デモ…此処に引き止めてチャいけなイ」 別れというのは全てのものに付き纏う、 そしてこの別れはきっとそれらのどれよりも早く、そして確実に来るのだ。 「    」 恐らくその時必要になるであろう言葉でさよならを言う。 今までのどれよりも、しっくり来るような気がしていた。
白狐の黎明堂
さみしんぼの背中 クダリ屋の仕事は大抵ユウが一人でやってしまうので、 家には僕とエイ二人きりになることが多いんです。 いつもなら買い物に行くときはエイが付き合ってくれるのですが、 今日は書類整理で忙しそうだったから僕一人で行くことにしました。 いつもの電気街は賑やかで、狙っていた値下げ商品も買えて、 ほくほくして良いはずなのに、何処かぽっかり穴が空いたみたいで。 どうしてだろう、ちょっと彷徨わせてみた視線の先にはショーウィンドウ。 そこには僕の背中が映っていて、なんて寂しそうなんだろうと思いました。 そうしたらいても立ってもいられなくなり、電車に飛び乗って家に向かっていました。 僕は普段からユウが大好きだと言っていますが、 だからと言ってエイが嫌いだなんてことはないんです。 無性にエイに会いたくなりました。 「エイ」 飛び込んで抱き付いた背中は僕と同じに見えて、もっと早く気付けば良かったと思いました。 「ミィ、買い物に行ってたんじゃなかったの?」 「寂しくなって帰ってきてしまいました」 ぎゅう、とまたすり寄ります。 エイからはとても良い香りがしました。 「ユウはまだ帰って来てないわよ?」 「エイに会いたかったんです」 少し力を緩めると、エイはこちらに向き直って僕を抱き締め返してくれました。 「そう、ありがとうね。私も少し寂しかったわ」 「これからも一緒に買い物行ってくださいね」 「はいはい」 エイはとても優しい人なのです。 寂しがりな僕たちは、二人でいるのが丁度良いのでしょう。 「…ねぇ、エイ」 「何よ、勝手にミィの日記読んでおいて私の方をそんな信じられないような目でみないでよ」 「君、いつもミィにはこんなデレッデレなの!?」 「貴方の感覚がよくわからないけれど、まぁミィは可愛いから」 「何それ!?俺だって可愛いじゃん!?」 「鏡を見てから言ってよチャラ男」 「お、俺だってエイに抱き付きたいし抱き締め返されたい! あわよくばその先だってしたい!!」 「黙れ発情期」 ユウが床に叩きつけられるまで、あと五秒。
UNDER!!
僕の辞書には不足しかない ふらり、とその身体が傾くのを視界の端に捉え、慌てて支えに走った。 こういう時幽霊というのは便利だ。 目の前の机だけを通り抜け、目当てのその人だけに触れることが出来る、ショートカット。 「いずみさん」 「ン?あァごめン…」 焦点の定まらない目をしていたから、とりあえずソファに下ろす。 「またですか」 「だカラごめんテ…」 雇い主であるその人は普通の人間に比べて非常に身体が弱い。 「チョコレート持って来ますか?」 「大丈夫だヨー」 「貴方の大丈夫はアテにならないと榊丸さんから聞きました」 う、と言葉に詰まるその人を置いて台所に向かう。 冷蔵庫を開けば大量のチョコレート。 少し分けて欲しい。 何枚か取り出して部屋に戻れば、ソファに沈み込んで目を瞑っている小さな子供。 あまりにその顔色が白くて、一瞬死んでいるのかとまで思う。 「ホラ、いずみさんチョコレート持って来ましたよ」 「ウン…」 「口開けてください」 薄っすら開かれた唇にチョコレートを押し込む。 ついでに自分の口元にも持っていく。 何だ、食べられるのか。 三枚ほど消費した頃にはやっと顔色が戻って来た。 「お腹…いっぱイ…」 「まぁこれだけ食べれば何とかなるでしょう。 残りはやっておきますから、貴方は少し寝ていてください」 「それハ…」 「だめです。寝ていなさい」 ソファに押し付けて目を覆ってやると、暫くして寝息が聞こえてきた。 これで良し。 この人はあまりに無理をし過ぎる。 そして私は―――私たちは、その荷を共に背負う術を知らない。 生前の私でさえ此処までしなかっただろうに、何がこの人をこんなに追い詰めるのか。 ため息が口を継いで出て行く。 成仏してしまうには、知らないことが多過ぎる。
白狐の黎明堂
ありふれた愛も欠けちゃった 檻に入れられ自由を奪われ、味の薄いご飯を少量朝晩だけ食べさせられる。 突然やってきてわたくしを神だと言い、連れ去った人々が、わたくしにした仕打ちだ。 確かにわたくしは異能持ちではあるが、神などでは断じてない。 始めのうちはこの人たちは心の拠り所が欲しいだけなのだと思っていたが、 日が経つにつれてそんな気持ちはなくなっていった。 可哀想だからと言って全てが赦される訳ではない。 ああ、全部壊れてしまえば良いのに。 出来るだけ酷い方法で。 わたくしが本当に神だったら、そうしてやるのに。
五片の宝石
透徹様よりお借りいたしました
20121105