平和の生まれるところ
「ぷがっ」 不思議な鳴き声に顔をあげると、椅子に仰け反るようにして香取が寝こけていた。 「…上司が寝てないのに目の前で寝るなんて良い度胸ね…」 幼い顔に似合わぬクマを浮かべた草希が薄く笑う。 書きかけの書類は一旦置いておくことにして立ち上がった。 悠々と寝こけているだらしのない部下を起こすのが先だ。 鼻でも摘めば起きるだろう。 草希だって早く寝たいのだ。 連日ほぼ徹夜なんて仮にも子供である自分が続けるものではない。 今あるこの書類を片付けてしまえば休みがとれるのだからさっさと終わらせてしまいたいのに、 この部下は。 ため息を吐きつつ目の前にした香取はひどく無防備に感じられた。 両手をだらりと下げて、不安定な背もたれに寄り掛かるというその体勢は、 自然と腹の部分をさらけ出す格好になっている。 平和だ、と思った。 此処は、ひどく平和だ。 その筆頭がこの男だ、草希はそう思う。 命が狙われることも、その状況から逃げ出すことも知らない、平和な人間。 そういう人間が存在することは頭で分かっているし見たこともあるというのに、 香取だけは、こうして改めて見つめると堪らない気分にさせるのだ。 まるで、此処から平和というものが生み出されているような、そんな気さえしてくる。 ぺたん、とした腹に視線を落とす。 人間は、人間の腹の中で生命を育む。 男であり、そんな機能は備わっていない彼の腹の中には、 生命の代わりに平和が詰まっているのかもしれない、とさえ思わせた。 少しだけかがむ。 もしそうであるのなら、この中はさぞかし美しいのだろう。 そっと撫ぜても反応はない。 起きるな、そう念じつつ、其処に接吻けを落とす。 ああ、本当に、此処から来たのであれば、良かったのに。
香取崇(かとりしゅう) (真剣に回帰のキス) 診断メーカー
20130325