買い出しから帰ってみると、そこは幽霊屋敷でした。



Hello , Hello , my ghost
涼水はいつものようにいずみに買い出しを頼まれ、いつものように戻ってきたはずだった。 しかし、白狐の黎明堂―――通常、日本式の屋敷の外見を保っているそこは、 今や西洋の幽霊屋敷と化していた。 「またいずみが何かやらかしたのかな…」 涼水は誰に言うでもなくそう呟くと、意を決してその扉に手を掛けた。 古びた音がして扉が開いていく。 中は電気一つついていない。 けれど、割れた壁の隙間から月明かりが差しこんで、中の様子は朧気に伺えた。 「全く…手が込んでるな…。毎回毎回こんな金どっから出てくるんだ…」 どうせ仕事でもらって来るんだろうが。 そう思いながら、涼水は中へ進む。 歩く度に床が苦しそうに悲鳴を上げる。 いずみは未だに仕事の内容をはぐらかす上に、涼水を長期の仕事には連れて行かない。 行き先も告げずに、ふらっと消えては戻ってくる。 拾われてから、その繰り返し。 今ではもう慣れたものだが、 やっぱり気になるものは気になる―――と、今はそんなことより。 「行けども行けども果てが見えない…」 涼水は広間を突っ切り、廊下を歩いていた。 大分長いこと歩いたのだが、 もう広間の大きな扉も見えなくなったと言うのに、廊下には終わりが見えない。 引き返そうか。 こんなに気味の悪いところにいるのも、どうかと思うし。 玄関の前でいずみの気まぐれが終わるのを待とうと踵を返そうとしたその瞬間。 廊下の蝋燭が一斉についた。 「!?」 振り返れば、多少は明るくなった廊下の先に扉。 それが、そっと、まるで誘うように少しだけ、開いている。 「―――」 いずみだろうか? 彼一人でここまでやるとは思えないが(いや、もしかしたらやるかもしれない)、 あの愉快な仲間たちも一枚噛んでいるとしたら? ここまで手の込んだ演出をする意味は分からないが、 もともと存在自体が訳の分からない連中だ。 行動に動機なんてないのかもしれない。 あ、面白そうだったから、とか言われたら今日のデザートは抜きにしよう…。 そんな風に考えながら、涼水はその扉に近付いて行く。 隙間から中を覗けば、そこには小さな円卓がひとつ。 その上には、湯気を立てる白いカップ。  こつん 音がしてカップから視線を向ければ、 「お客さん、ね」 「―――いずみ?」 違う。 言葉を発すと同時に、涼水はそう思う。 いずみはちみっちゃい、それはもう小学生程度の身長しかないが、この人は違う。 背丈は涼水と同じくらいある。 けれど、容姿はいずみそっくりだった。 大分長いが混じり気のない銀色の髪。 雪のように白い肌。 そして、紅く紅く、血よりも紅い細い瞳。 「いつも貴方の傍に居る人の名前ね? いつも思っていたけど、私とあの子、本当に似てるのよね」 その人はくすくすと笑うと、円卓を示した。 「紅茶が入ってるの。貴方、ローズヒップが好きなのよね」 涼水は勧められるままに椅子に腰掛けると、カップを手に取った。 ほんのりと甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。 「…いただきます」 知らない人から物をもらってはいけない――― (自分より年下に見える)いずみに再三注意されていることだったが、 今は不思議と警戒心はなかった。 それはきっと、目の前の人が、いずみに似ているから。 一口、カップに口付ける。 「―――!」 目を見開いた。 ―――同じ、味。いつもいずみが入れてくれるのと。 「お気に召したみたいで良かったわ」 その人はそう言ってから、自分のカップに口を付けた。 中身は黒い液体。 不思議そうにカップを見つめる涼水に気づいたのか、 「私はエスプレッソ。風味が濃くて、こくのあるコーヒーなの」 説明してくれた。 「苦く…ないんですか?」 「その苦さがおいしいのよ」 にこ、と微笑まれる。 涼水には苦みの旨さというものは理解できなかったが、 これはいつか十六夜が言っていた、大人の嗜好というものなんだろう、と変に納得した。 「…あの」 紅茶のおかわりを入れてもらってから、涼水は切り出した。 「貴方は…誰なんですか?」 自分のことを知っていた。 そして更に、いずみのことも。 “いつも”という言葉から、それなりに頻繁に会っていると考えて良いのだろうが、 涼水はこの人に見覚えがない。 仕事関連かとも思ったが、 いずみは極力涼水を(おつかい等は頼まれるものの)外には出そうとしないから、 それはないと思う。 ならば、この人は一体? 「ふふ、そんなに疑わなくても良いのよ」 その人はカップをことり、と置くと、涼水を見つめた。 「私は、貴方はずっと一緒に居る存在。 でもね、いずみにも涼水にも、見えていないわ。私はそういう存在なの」 「え…?」 涼水が困惑気味にカップを置けば、その手を握られた。 「だけどね、覚えていて。どんな時でも、私は貴方の傍にいるわ。 貴方は、いつだって独りじゃないのよ」 揺らめいていた蝋燭が消えていく。 「―――もう時間ね」 その人はそう呟くと、 「立って」 涼水の手を引いた。 「このまま真っ直ぐ行けば、扉があるわ。それが外の世界に通じている扉。 それを通って、元の世界に戻りなさい」 歌うようにその人は言うと、送るように手を離した。 「あの…ッ」 「急がせてごめんなさいね。でも、もうすぐ時間が切れるわ」 背中が押される。 「さ、早く」 「ま、待って!」 声が、暗闇に吸いこまれた気がした。 「…何?」 優しい目。 「貴方の、名前は?」 いずみと同じ目をしている。涼水はそう思った。 色だけじゃない、そこに混在するもの。 「…アウフタクト・バーミドル、とでも名乗っておこうかしら」 悪戯っぽい笑み。 「偽名、ですか」 「そうよ。本名は全てを語ってしまう。まだ物語を終わらせるには、早すぎるわ」 アウフタクトはちらりと後ろを見ると、 「もう行かなくては」 涼水は、こくり、と頷いた。 アウフタクトに背を向けて、扉に走る。 周りから闇が迫ってきている感覚があった。 でも、涼水には何か確信に似たものがあった。―――大丈夫。絶対。 扉に手を掛ける。そして――― 「あ、涼水、遅かったネ!」 目の前にあったのは、見慣れたちんちくりん。 「いずみ?」 「?ウン、そうだヨー」 涼水は辺りを見回してみる。 いつもと同じ、屋敷。 今涼水といずみは玄関に居るが、何一つとして、変わっている部分はない。 「なんか西洋屋敷にしてなかった?」 「ヘ?」 いずみがキョトン、とする。 涼水はその顔を見て、やっぱりさっきのアレはいずみの仕業ではない、と思った。 「ううん、何でもない。多分、歩きながら夢を見てたの」 「…そりゃ器用だネ…」 いずみは未だにハテナを飛ばしているが、それで良かった。 あの不思議な出来事は、自分の中にだけ仕舞っておきたい気がした。 ずっと一緒に居ると言ってくれた、アウフタクト。 偽名でも、彼女の言葉は嘘ではなかった。 目が、そうだった。 「いずみーパンプキンパイ焼いて来たよーってとととととt」 玄関からちゃんと入ってきた凜は、 玄関にぼっ立っていたいずみに躓き、(何せ二人の身長差は半端ない) 凜の持っていたパイが宙を飛び、 涼水はそれが床に落ちる前に、と何とか手を伸ばしたところで、ふっと思い出したのだった。 あ、今日はハロウィンか。 パイがどうなったのかは、ご想像にお任せ。
20091017