紅い瞳は冷たく、しかし、まるで何かを希うように。



第十話
「僕のこと、いつまで無視するつもり?」 不機嫌。 その頬に笑みは一切浮かんでいなく、 ただその守護霊が現れたことに機嫌を損ねているのは手に取るように分かった。 でも、と涼水は思う。 それだけ、だろうか。 『悔しいの?』 くす、と光は笑った。 『君の前では一度も笑わなかったいずみを、俺がいとも簡単に笑わせたから。 そんなに見たかった?可愛い妹の笑顔』 Hはぎっと光を睨みつけた。 涼水でも分かる、それは図星だと認めているようなものだ。 「僕はっ」 『でも残念』 ふわり、といずみを抱き上げる光。 『そんなんじゃ無理だよ』 触れ合うだけ。 まるで絵画のように美しく、その唇が重なる。 『はい、これで毒は消えたはず』 「…バレてタ?」 『うん。子供の身体のままだったことが幸いしたね。 俺としてはそれも心配ではあるけれど…』 それより、とその抱いたままの身体を抱き締め、光は嬉しそうに笑った。 『拒まなかった…ううん、警戒もしなかったのは、俺だから、って自惚れても良い?』 「…当たり前、デショ」 ばか、とその肩口に額を押し付けるいずみに光はまた笑って、その背を撫ぜる。 『そうそう、いずみ。さっきのは褒められないなぁ』 「…Hがまさカ翼を棄てルだなんテ思わなかったんダ」 いずみの言う通り、今やHの背中に銀の翼はついていない。 先ほど爆発の中心地であったであろう場所に、持ち主を失ってぼとりと落ちていた。 きっと、咄嗟に翼を盾にしたのだろう。 涼水にだってそれくらいは分かる。 『昔から少し早計なところあるよね。そろそろ直そう』 「…はぁイ」 気はすんだとでも言いたげに光が腕の力を緩めると、いずみはその腕から降りた。 そして、Hの方へと向き直る。 『きっと、君がもっと迷いのない人間だったら、いずみも考えたのかもしれないけれど。 だけど、君はそうじゃない。 だから、いずみは渡さないし渡せないよ』 「は、何だそれ。お前はそいつの保護者か何かか。それに、迷いなんて、」 『あるでしょ』 にこり、とする光は追撃とばかりに畳み掛けた。 『君は迷いを捨てられないままに此処に来た。 いずみだってそのことに気付いていたさ。君が、縛られていることにも』 「はぁ?」 低い声で、馬鹿にするようにHが唸る。 「縛られている…?僕が?一体、何に!」 「―――掟だヨ」 しん、と静まり返った廊下に、今まで黙っていたいずみの声が響いた。 「掟…?」 「神の分家は血の繋がリの下でシカ子を成せなイ。 それは自分デ好きになル相手を選べなイってことダ。 話を聞く限リ、君は当主カ次期当主…そうでなくトモ中枢に近イところニいるんだロウ。 そうであるならバ血族の中でもいっとうニ掟を強いられルことになル。 君はそれにうんざリしていタ、違うかイ?」 「だ、れが…」 「うんざリしていタからコソ、君は此処に来タんだロウ?」 いずみの淡々とした声。 「願いを、叶えルためニ」   
20140109