機械仕掛けの永遠
「エイにだけ教えてあげますね」 ユウが店から姿を消していたある日、ひっそりと耳元で囁いたのは、とても無邪気な秘密だった。 「実は僕、人間なんです」 常日頃から自分はアンドロイドだと言い張って譲らないその少年のことを考えると、 その発言は目を丸く見開くに値するものだった。 あまりに無防備な言葉が、本当に嘘偽りがないのだと知らしめてくるようだ。 いや、確かに彼は人間なのだから、そういう言い方は可笑しいのかもしれない。 しかし、彼はひどく甘ったるい笑みで告白するから、それが必要以上に真実味を帯びているのだ。 そうだったのか、と口にする。 少年は真面目な顔でええ、と頷くと続けた。 「だから、親が付けた名前というのも存在するんです。 これは、ユウも知らない秘密、内緒の話です」 はにかんだように小さな声で告げる様子が可愛らしい。 ユウのプログラミングは絶対だとこれまた常日頃から宣言していることを考えれば、 こうしてユウも知らない事実を告げられていることはとても可笑しく感じた。 ユウが本当に知らないのかどうかはこの際どうだって良い。 アイツはきっと、自分の身の回りのことで知らないことなど殆どないのだから。 「折原竜牙って言うんです、僕」 おりはら、りゅうが。 その名前を噛み砕くようにして反芻する。 はい、と可愛らしい返事が返って来る。 大層名前負けしている人間だと言われて来た記憶はあるが、少年も大差ないように感じた。 自分とは正反対なその名前と容貌を自分の中で比べて、 ああ名前を交換した方が良いのではないかとまで思う。 良い名前だ、と告げると少年はまたはにかんで抱きついてきた。 「エイだけは知っていて下さいね」 どうして、また。 抱きつかれた勢いを殺すようにその背中に腕を回してやる。 少年が突然にしてこんなことを言い始めたのはやはりどう考えても不自然だった。 ユウと何かあったのだろうかと、要らぬ詮索をしてしまうほど。 「…別に、特にこれと言った意味なんてないんですよ。ただ、」 ぎゅう、と腰に回された腕に力が込められる。 「ずっと、なんて保証、何処にもないんだって、思っただけです」 ああやっぱりユウと何かあったのだな、とため息を吐く。 帰って来たらシメてやろう。 そう思いながらそうだな、と呟いて、その小さな身体を抱き上げた。
20140406