「満月さん!今日はキスの日なんだって!」
早起きな母と作業をしていた十六夜は、嵐が来たことを直感した。



それは火傷しそうなほどの
「さぁ、満月さん! 僕の胸に飛び込んできてよ!キスしよう!!」 ばっと腕を広げる父を当然の如く母はスルー。 それでもめげることなく、少しだけ腕を下ろして彼は十六夜に向き直った。 「十六夜もそろそろ弟か妹欲しいよね?お父さん任せて!」 よーしパパ張り切っちゃうぞ☆と浮かれるその人を、愛娘である十六夜は呆れて見つめる。 子供の前でも加減をしらないこの惚気は、 幼稚園に入る前の彼女に子供がどうやって出来るかを理解させるには充分だった。 しかし今日はキスの日ではなかったのか、いろいろぶっ飛んではいないか。 そんな十六夜の疑問を察したかのように、 「全身にキスしてあげるね、満月さん!」 更にどうしようもない言葉をくれた。 「…お母さんは本当にお父さんが好きなの?」 「好きだよ」 その問いかけに答えたのは本人ではなく何故か父。 もう気にしない。 「お母さんはクーデレってやつなんだ。 今はこんなんでもね、ベッドの上ではふごおッ」 分厚い本が十六夜の頭上を通過して、父の顔面に直撃した。 「い、痛いよぉ、満月さん…」 母は素知らぬ顔で作業を続ける。 「最近満月さんに触れてもいないんだよ…? 満月さんがあんまりそういうことに興味ないのは分かってるけどー…」 床にのの字を書くその姿はなんともまぁ情けない。 こんな人が父親なのか、大丈夫か、 良く生まれることができたな、などと思考を飛ばす十六夜。 正直現実逃避したい。 いつの間にか作業を一段落させたのか、父の前には母が立っていた。 「アキラ」 「なーに、満月さん…」 若干弱々しい声。 予想外に凹んでいるらしい、大丈夫だろうか。 此処で母が父を蹴り飛ばそうもんなら離婚とまでは行かなくても、 父は悲しみのあまり家を飛び出してしまうかもしれない。 愛がないと死んでしまうなどと常日頃から言っているような父だ、 そのまま野垂れ死ぬ可能性もある。 十六夜が心配気に母を見上げて―――それは杞憂であると確信した。 「私たちの定義は、眠るまでが今日、だったな?」 口元に添えられているのは確かな笑み。 父の手首を取り接吻ける母と、瞬間とろけるような笑顔になった父。 意味はわからなかったが、そういうことなのだろう、知らないふりをしておく。 「眠れると思うなよ?」 「よろこんで!!」 全くこの夫婦は、子供の目の前で。 十六夜は溜息を吐くけれども、まぁ、仲が良いのは良いことだ…多分。 「ねぇねぇ十六夜、妹が良い?弟が良い?」 そろそろ黙ることを覚えないとだめなんじゃないか。 そう幼心に思った十六夜の前で、 本日二度目、飛んできた分厚い本に昏倒させられた父だった。
20120523