「すずちゃーん」
音符でも付きそうな程楽しそうなイザヨイの声に、
「これ、飲んで〜」
素直に受け取り素直に飲んだのが間違いだった。



ドラッグ☆パニック
「な、何これ…」 イザヨイから貰ったジュースを飲んだ涼水は咳き込んだ。 非常にまずい。 文句を言おうと顔をあげればもうイザヨイはいないし。 代わりにと言っては何だが、 『あら、欠片のお嬢ちゃん。今日はアタシたちが視えるの?』 目の前にいた長身の男性が話し掛けてきた。 「え…あ、ハイ…」 どう反応して良いか分からない、脳が付いていかない。 サングラスの向こうの瞳は青い色だと分かって、ああ綺麗だな、などと思う。 それどころじゃないはずなのだが。 『イザヨイの発明かしら? まぁ、きっと効力はそんなに長くないんでしょう。 他の子とも会ってきなさいな』 一つに結い上げられた鮮やかなオレンジ色の髪も綺麗だ。 惜しむらくはそれら全てが半透明であることだろう。 言われるままに涼水は方向を変えた…まだ脳が付いていかない。 「イザヨイさん!!」 「おーすずちゃん。薬、効いてる?」 「多分効いてますよ!!何々なんですか、これ!!」 「すずちゃん、“なん”が一つ多いよー」 「そんな暢気にツッコミしないで下さい!!」 泣きそうになる涼水にイザヨイは笑いかける。 「ま、楽しみなよ。 効力はそんな長くないし。皆良い奴ばっかだしさ」 楽しみなよ、と言われても。 今見えているのは黎明堂の自分以外の従業員―――つまり、幽霊だと言うことを再認識して、 涼水はまた泣きそうになったのだった。 その後すぐイザヨイは逃げるように姿を消してしまい、涼水は店内の整理をしていた。 「いずみは今日、書斎に篭もってるし…邪魔する訳にもいかないしなぁ…仕事」 ため息。 確かにいずみやイザヨイの見てる世界は少し気になっていた。 が、唐突にその世界を垣間見るということになると、 もう少し心の準備というものをしたかった、というのも事実。 『熱心だな』 「まぁこれくらいしか私に出来る、こ、と…」 ないからね、とは言えなかった。 恐る恐る振り向くと、そこには――― 「ヒギャー!」 『色気のねぇ悲鳴だな』 またも半透明の人が立っていた。 『何で俺には驚くんだよ。ステファニーには驚かなかったんだろ?』 「ステファニー?」 『さっき会ったんじゃないのか?』 言われてああ、と頷く。 さっきの彼(彼女?)はステファニーと言うようだ。 『俺はアルト・ファウスト。アルトって呼べよ』 「皇涼水です」 『知ってる』 素っ気なく返されて、涼水はアルトをまじまじと見つめた。 同じ年の頃だろうか、ぴょこりと跳ねた黒髪が可愛らしい。 蒼い目が居心地悪そうに細められた。 『…後もう二人、多分一人は武器庫にいるはずだ。行くか?』 「え、一緒に来てくれるの?」 薄暗い武器庫はポルターガイストの類が従業員であると分かっていても怖い。 『お前、あそこ怖いんだろ?』 「うん!ありがとうアルト!!」 嬉しそうに笑う涼水から見えないようにアルトは舌打ちをした。 『ここまで素直だとからかいがいがない…』 からかってみたかったらしい。 「武器庫って誰がいるの?」 『あー武士?』 一瞬考えてからアルトは答える。 『俺あんまそいつと仲良くないんだ。すぐ喧嘩するし。今も喧嘩中』 「えー…」 雲行きが怪しいなんてそんなの気のせいだ。 『おい』 がらりと扉をあけアルトが叫んだ瞬間、二人の前に刀が振り落とされた。 「ひぃあゃぁぃ!?」 涼水が訳の分からない声を上げて飛び退く。 『何しに来た…?』 無造作に纏められた黒髪が揺れた。 『仲直り。 ついでに涼水が俺らを期間限定見れるようになったらしいから紹介』 青年はキョトンとこちらを見つめる。 『すず…み…?』 「は、はい涼水です…」 アルトの影からこっそり返すと、 『い、いや済まなかった、皇嬢。何ともないか?』 「だ、大丈夫です」 立ち上がる涼水の横でアルトが盛大に顔を歪めたのを、涼水は知らない。 『拙者は榊丸。武器庫の掃除などを担当している』 にこり、と笑った表情に涼水は好感を抱いた。 爽やかだ、胡散臭い人が集まる此処では珍しい爽やか成分だ。 人じゃないが。 「知ってると思いますが皇涼水です。 いつも此処を怖がっていてすみません」 『見えないものを恐れるのは仕方のないことだ』 フォローも完璧である。 その遣り取りを見ていたアルトは涼水の頭を叩いて、 『いずみの仕事場に乗り込むぞ。そこに新入りがいるはずだから』 「いたっ、アルト叩かないでよ」 『女子(おなご)に暴力は良くないぞ、アルト』 「頼むからお前は黙れ…」 涼水の手を引きアルトは武器庫を出て行く。 仲が良くないというのは本当だったらしい。 「榊丸さん、ありがとうございました!また機会があれば!」 あの猫被り、とアルトが呟いた意味は分からなかったが。 一度台所によって差し入れ用のチョコを持った二人は仕事場に向かった。 ノックすると間延びした声が返って来る。 「涼水です」 『アルトもいるぜ』 「エ、何で二人が一緒ナノ?また十六夜?」 またってなんだまたって、とツッコミたいのを堪える。 「うん、イザヨイさんから貰ったジュース飲んだら見えるようになって…」 苦笑する涼水はいずみの横に座っていた猫背の男に気付く。 勿論半透明の。 「あ、その人が最後の人?」 『そうだヨー、最近入った子。すごい頭良いんダー』 男は涼水をちらりと見てすぐに書類に視線を戻した。 「ロゥくん自己紹介くらいしてヨー…」 『いずみさんがそう言うなら』 気難しい人なのかもしれない。 やっとちゃんとこっちを向いたその瞳は、ひどく深い黒。 『ロゥ・トゥウェルヴです』 ぶっきらぼうにそれだけを言ってまた書類に戻ってしまう。 ぼさぼさの黒髪だけしか見えなくなった。 『ああいうやつなんだ、気にするな』 アルトの言葉に笑う。 「…あれ」 涼水はきゅっと目を細めた。 目の前が揺らいでいる。景色が歪む。 「薬が切れるのカナ」 いずみの呑気な言葉を最後に、意識はブラックアウト。 目が覚めた時、もう幽霊は見えなくなっていた。 『また使いたくなったらどうぞ』 枕元には流れるような文字の手紙と薬瓶。 …使うのはもう少し先になりそうだ。 神無咲イザヨイ(かんなざきいざよい) ステファニー アルト・ファウスト 榊丸(さかきまる) ロゥ・トゥエルヴ
20070819
20120903 改訂