求めたかった、だから求めた。
分かっていても望んだ。
世界と天秤、傾くのは。

しろいきつねの とわのうた



水鏡
 《…ッ…ッ》 水面(みなも)が揺れる。 手袋をしていない真っ白な指に、その幽かな揺れが伝わった。 「応えた…?」 透き通るように空気を震わせる。 《―――…―――…》 何か聞こえる。 でも、聞き取れない。 「応えて、応えて…」 お願い。それ以上は喉が声を出すことを赦さなかった。 赦されないことだから。 私は天秤にかけるものを間違えている。 間違えただけなら良い、分かっていてやった。 腕が震える。 「応えて、応えて」 引き攣る喉を伝って、声が水に届く。 「応えて、応えて」 逢いたい。 誰でも良いから、手がかりをちょうだい。 「応えて…」 ゆらり、水が揺れた。 《え…》 しっかりと届いた声。 でも違う、あの子じゃない。だけど、 「貴方は―――…」 《!》 水の向こうで、少女が目を見開く。 そして、すぐに下の方へ消えた。 「世界の限界か…」 揺れのなくなった鏡に、自分の姿が映っていた。 尖端だけが黒い方が紅髪、細められている黒い目。 似ているようで似ていない。 知っているから分からない。   「逢えたかい?」 後ろから青年が話しかけた。 「あの子には逢えなかった。でも、」 少女は一旦そこで区切る。少し考えてから、 「近い存在に会った」 「そうか」 青年は苦笑する。 「ねぇ、みずほ。私はやっぱり間違ってる?」 「僕は、正しいと思ったことが、正しいんだと思うよ」 例え、それが自己中心的な願いだとしても。 「だから、大丈夫。ね、F?」 「…うん」 その表情に確かな疲れを滲ませて、少女は笑う。 そして、部屋を出て行った。   「止めるべきなんだろうけど、御稲荷様は何も言わないし。良いのかな」 触れる。 そこにあるのはただの鏡で、さっきまでの揺れはない。 「結局可愛いんだよなぁ。 親馬鹿ってやつかなぁ…でも、実の父親を呼び捨てってなくない?」 苦笑する。 鏡は、ぴくりともしなかった。 F(えふ) 社瑞穂(やしろみずほ)
20090518
20120903 改訂