無色透明の約束
最後の肉塊が地に落ちた。 一、ニ、三、四、五。 きっかり五秒胸の内で数えながらその背中がぴくりとも動かないのを眺めている。 そうして、ゆっくりと近付き、その首筋に手を当て脈を計った。 止まっている。 そこでやっと、No.275は息を吐いた。 立ち上がり、血の付いたトンファーを振る。 ひゅっという音と共にまだ新しい血が飛んで、地面に不格好な模様を描いた。 「×××、終わったよ」 その空間で唯一、自分以外で立っている影に声を掛ける。 「こっちも終わった」 返って来たのはいつもと変わらない笑顔で、 それで胸の辺りのざわざわが収まるのをNo.275は感じた。 「さっさと帰ってイチゴさんの飯食おーぜ」 「…まさかとは思うがそれはNo.115のことか?」 「そーだよ。イチゴさん。 No.15っていないみてーだし、可愛いだろ? イチゴって。あの人にすげー似合うと思うんだよな」 「その辺はどうでも良いけどさ。No.115のご飯が美味しいのは同意だ」 「どうでも良くねぇよ!すっげー大事なことだって!」 そんな会話をしながら屍の山の中を歩いて行く。 二人で相手をするには多すぎる量、そう言って間違いはないだろう。 しかしその二人が、あの名もない結社の社員の中ではトップと謳われるNo.275と、 本人曰く五本の指には入るらしいNo.189こと自称・×××の二人であるのだから、 そんなことは問題ではないのだ。 軽く運動しただけ、とでも言いたげな顔で悠々と歩く二人にとって、 この量の相手などさして難しい任務ではない。 他愛もない会話を続ける中で、ふとNo.275は足を止めた。 それに気付いた×××も止まって振り返る。 遠く、視線が向く方向には何もない、きっと彼にはそう見えている。 「にーななご?」 「あ、ごめん。止まってた」 なんでもない、と首を振って歩き出すと、×××は怪訝そうな顔をしながらも付いてきた。 「早く帰ろう。No.115のご飯食べるんだろう?」 「だーかーらっイチゴさんだってば!」 またNo.275の前を歩く形になった×××に少し笑って、もう一度だけ振り返る。 ごめんね、と紡いだ唇は、音を成さなかった。 「で?」 本部に戻り、先ほどの会話の通りNo.115に料理を作ってもらったところで、×××は切り出した。 「で、って何が?」 「さっきの」 「何のこと?」 惚けてみせるが×××には効かないだろう。 実際すごくじっとりした目線がこちらに向いている。 これではせっかくのオムライスも美味しくいただけない。 「さっき、何か見えてたんだろ?」 「…別に、何も」 「う・そ」 ばっさり一刀両断である。 「お前嘘吐く時俺の顔見ないし。バレッバレ。 そんなに下手で大丈夫なのかこの先不安になるくらい下手」 「ひどい。そこまで言うことないだろ」 「本当のことなんだから仕方ねぇだろ。ほら、観念しろ。そしてゲロっちまえ」 ほーれほれほれと目の前でスプーンを振ってくる×××にため息を吐くと、 信じてくれるか、と問うた。 「今更だろ」 「たった今人に嘘うそ言ってた奴の台詞とは思えないな」 「それはバレバレだったからな」 そう重ねて言われると言い返せない。 もう一度ため息を吐くと、その言葉は吐き出すために今度は軽く息を吸った。 「僕にはお化けが見える」 ぽかん、という顔というのはこういう表情のことを言うのだな。 そんなことを思いながらNo.275はオムライスにスプーンを差し込んだ。 「おば、け?」 「うん、お化け。ええと…幽霊とも言うんだっけ」 外界との関わりの少ないこの結社の中では、どうしても単語力に欠けてしまう。 「社長に拾われた時にはもう、視えてた…と思う。 最初は何であの人たちは色がないんだろう、向こう側が透けて見えるんだろう、って思ってた。 でも仕事をこなすうちに分かるようになったよ。 ああ、この人たちは生きていないんだ、って」 自分が生命を奪った身体から、するりと立ち上る白い靄。 人の形をしたそれは、時には怨嗟を、時には別れを、時には叱咤を寄越した。 「まぁでも、信じてくれないならそれでも良いよ」 信じられない話だと思うし、とオムライスを掬うと、がっとその腕を掴まれた。 言うまでもなくその主は×××である。 反動でオムライスが机に落ちた。 もったいない。 「何でお前そんなこというの、」 「そんなことって」 「信じなくて良いとか!そういうの!」 悲しいじゃん、と絞り出すように言う×××は必死に見えて、 ええ、とか、ああ、とかそう言った意味のない返事しか出来なかった。 腕は振り払おうと思えば出来ただろうけれども、 今はそうするべきではないような気がしてそのままにする。 「俺は、信じる!」 なんだなんだと周りにいた社員がこちらを向いているのが分かった。 恥ずかしいな、と思いながらもどうすることも出来ずに×××を見つめる。 彼はいつの間にか立ち上がっていたし、 腕は掴まれたままだし、声は上げているしでそりゃあ目立つだろう、目立って当然だ。 「俺は、信じるの!」 「うん、分かったから」 ええと、と言葉を探す。 こういう場合はなんて言えば良いのだっけ、と脳内を検索して、ああそうか、と思い出す。 「ありが、とう」 「どういたしまして!」 それを聞いて満足したらしい×××は手を離して席に戻った。 ようやっと解放された手でまたオムライスを掬うと、今度はちゃんと口まで運ぶ。 その刹那。 『良かったね』 耳元で聞こえた風のようなその言葉は、きっと、気のせいではなかったのだろう。
20140214