辿れる記憶はいつだって、鮮明な紅で行き止まり。



第一話
「No.275、ただいま戻りました」 消えない血の匂い。 「ご苦労。部屋へ戻っていろ。次の任務は追って連絡する」 事務的、いや機械的と言った方が正しいだろうか。 そんな人間味のない口調に頷いて、小さな身体は踵を返す。 括られていない銀色の長い髪が、きらりと揺れた。 少し寒い地下。 地下故に陽の光は入って来ず、 石造りなんていう旧時代風の建築の所為で牢獄のようだ、なんていう印象さえ受ける。 けれども正直、そんなことはどうでも良かった。 雨風を凌げる屋根、寒さを凌げる壁、更には薄汚れてはいるが一人で眠ることの出来るベッド。 それだけあれば充分だ。 「…疲れた」 ぼすん。 ベッドに倒れ込んで呟いた声は、言葉の通り疲れきっているように聞こえた。 No.275。 それが自分という人間を識別するための呼び名だった。 それ以外の名前は持っていない。 この場所からそう遠くない、二百七十五地区。 通称・ごみ捨て場である其処でとある男に拾われた。 ただ、それだけのこと。 両親のことなど覚えていない。 物心ついた時にはもう既に此処にいた。 コンコン、とノックの音がして顔を上げる。 「はーい」 呑気な声を繕う傍ら、左手には力が入っていた。 疲れていたとは言え、ノックされるまでに気配に気付くことが出来なかった。 刺客だろうか。 キィ、と音を立てて開いた扉の向こうから、一人の少年が顔を覗かせた。 自分より少し年上であろうか。生い立ちのこともあり、 年齢差などざっくりとしか把握出来ないが。 「どーも、こんにちは!」 上腕に据え付けられた腕輪が、服の下でとても軽く締め付けを寄越す。 「社員か。何か用か」 「んー…特にこれと言って用事はないんだけど」 頬を掻く少年に、警戒を緩めることはしない。 同じ結社に属する社員とて、安全とは言いがたい。 裏切りや謀反だって考えられるし、 ただ単に自分より上の存在を消していけば自分に仕事が回ってくるというのだって考えられる。 弱肉強食、そんなことを言っていたのは前にパートナーを組んでいた少女だったか。 その少女もまた、多くを語る前に死んでいった。 「ううーん、強いて言うなら、噂のNo.275に会ってみたかったから、かな?」 「………はぁ?」 思わず呆れたような声が出た。 その声の先で、少年はにこにこと笑っているだけだった。 ←  
20141001