さよならを云う前に
くちびる、塞いで 人を見る目はあると思っていた。 幼い頃から周りは敵ばかりで、それ故に磨かれた特技と言って良いだろう。 困ったのは、人の価値だけではなく、 その人が何を見ていることまでもが分かってしまうことだったろうが。 占いに依存するこの国では、そういった能力はひどく薄れていた。 だからこんなにもあからさまなものに、誰もが分からないという顔をする。 「馬鹿じゃないの」 鼻を鳴らしたのを笑って同意してくれたのは、山吹色をした侍従だけだった。 「彼らには必要のないものなのでしょう」 「でも、それじゃあこの国が終わった時に生きていけないわ」 「姫様は、この国が終わってしまうと?」 「終わるわよ」 予言は出来なかった。 だからその分を知識で、感覚で、補った。 だからこそ、言えたこと。 「占いの時代はもう終わったわ。国が終わるのも時間の問題よ」 そうでしょう、と言えば侍従は断言はしかねますね、と苦笑した。 「この国が終わった方が良い人間は、幾らいるのでしょうね」 思い出すのは、小憎たらしい妹。 その視線の先にある人間。 その人間が、自分に近付いて来るその意味など。 「…妹君のことでしょうか」 「ほら、貴方も分かっているじゃない」 どうして、誰も気付かないのか。 「東海林(しょうじ)家は王家ではない。 血を分けた分家とは言え、血も薄く、貴族としては末端もいいところよ」 その環境の中、這い上がってきた彼を称えるべきなのだろうか。 「なりふり構わなくても良い私(わたくし)ならまだしも、 才も地位もあるあの子が、彼を選ぶことは出来ない」 「…東海林家のご嫡男もまた、笠子様に求婚など、出来やしない」 「第三王女は王位継承にそこまで不利ではないわ。 ましてや第一王女が私(わたくし)よ、有利と言っても良いでしょうね」 笑う。 嘲笑う。 「でも栗松、私(わたくし)、やさしくないの」 想い一つ、儘ならない占術に呪われた子供たちを。 「だから、あの子たちをどうにかしてあげようなんて、これっぽっちも思わないのよ」 きっとこの国と一緒に終わっていくだろう、その想いたちを。 つながりたい 小さい頃の話よ。 そう前置きをしてぽつり、零す。 酒が入っていた。 二十歳の誕生日を迎えたその日、お祝いだと言って養い主が持ってきた良い酒が、入っていた。 だからかもしれない。 今まで話すことはしなかった(聞かれなかったというのもあるが)昔話を、 しようなんて思ったのは。 子供というのは賢い。 誰が“普通”から外れているのか、本能で察知する。 大人になればそこそこの対応の出来る事柄でも、そのままストレートに表現する。 「近寄らないでよ、シロ」 くすくす、笑う声。 シロというのはこの国で用いられる占いの用語であり、なにもないことを意味する語だった。 それは時としては依頼者にとってはありがたい言葉になるのだろうが、 人に向けられる場合は違う。 才能なし。 つまり、落ちこぼれを意味する言葉になるのだ。 子供というのは大人の話を良く聞いている。 大人というのは人のいないところで平気で悪口を言う。 それを、子供が聞いていると分かっていても。 「シロ」 第一王女でありながら、 この国に必要不可欠な占術の才能を持って生まれてこなかった子供を貶めるのに、 これ以上の言葉はなかった。 「それがね、悔しくなかったとは言わないけれど。でもね、どうでも良かったの」 ふわふわとした心地で、言葉を連ねていく。 本当にそれが言葉になっているのか、それすら怪しかった。 「だって私(わたくし)に占いの才がないのはどうしようもない事実ですもの。 変えようがないわ。でも母上がそう産んでくださったのだから、良いのよ」 そう思えるようになったのは、母が死んでしまってからだったけれど。 「でもね、やっぱり、寂しかったわ」 馬鹿かしら、と笑ってみせた。 恐らく夜会では見せられないような、漬け込みやすい笑みだったことだろう。 隣にいる養い主は、そうかもね、と言った。 言った気がした。 ちゃんと、触れてほしい 実の父だというその人と、話したことは愚か、 顔を見ることすらあまりなかったと記憶している。 それはそうだ、 長いこと子供に恵まれなくて、やっと生まれたと思ったらそれが女児だったのだ。 シン王国は王位継承権に男女の区別はなかったけれど、 父であるその人は姉妹に囲まれており、不遇の少年時代を過ごしたと聞く。 その状態から王位を勝ち取ったのもあり、やはり自分と同じ男児の方が好ましかったのだろう。 母と、いるところも見たことはなかった。 王位継承権の一番に強くなるであろう第一王女を授かった妃であるにも関わらず、 その優位性も父にとってはなんの価値も見出されなかったらしい。 「良いのよ」 母は良くそう呟いた。 それほどにその男を殺しそうな、そんな目をしていたからかもしれない。 「良いのよ、あの人は大変なのだから」 母がどうして、そんな顔を出来るのか分からなかった。 「私は貴方の母である前に、この国の母。そして、あの人の母でもあるのだから」 母とは。 そんなに偉大でなくてはいけないものなのかと。 寂しさの欠片も見せないその横顔に、ただ唇を噛みしめるしかなかった。
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20150107