ある晴れた日の、不思議なお話。



そばえ
小さな女の子だった。 鳥居と同じくらいに紅い着物を着た、小さな女の子。 やたらと白い肌やつやつやした黒髪も印象的だった。 しかし、此処は山道の途中であり、近くに山小屋や家族連れがいるような気配はない。 「一人なの?」 迷子かな、と声を掛ける。 不審者扱いされないといいな、などと思いながら。 女の子は小さく首を振った。 「お父さんやお母さんは?」 また首を振られる。 恥ずかしがり屋なのだろうか、全く喋らない。 「本当に一人なの?」 今度はこくり、と頷かれた。 さっきからはイエス・ノーで答えられるものだったから喋らないのかもしれない。 ちょっと意地悪かもしれないけれど、こう聞いてみることにした。 「どこから来たの?」 女の子は少し戸惑ったようだった。 勘でしかないが、それは言葉を発しなければ答えられそうにないものだから、というより、 それに答えて良いのか、という感じだった。 暫く迷っていた女の子は急にハッとして、それからやっとある方向を指差した。 「鳥居…?」 その小さな指が差したのは紅い鳥居。 「もしかして、あの向こう?」 頷かれた。 その先には同じような鳥居がいくつもいくつも並んでいて、まるで迷宮の入り口のようだった。 一度入ったら戻れない、みたいな。 女の子がこちらを見つめてきた。 「何?」 聞き返せば、さっきと同じように鳥居の奥を指差す。 そしてまた、じっと見つめる。 「行くの?」 こくり。 「僕も?」 こくり。 「…分かったよ」 気に入られたのかな、と笑う。 差し出された女の子の手をとれば、 「あ、ちょ」 思っていたよりも強い力で引かれた。 走り出す。 子供って本当、強引だな、なんて思う。 暫く手を引かれて走った後だった。 「あ」 ざぁっと雨が降り出したのだ。 思わず空を見上げるが、その先は晴れ渡っている。 「お天気雨ってやつかー」 天気雨などそこまで珍しいものでもないから驚きはしないけれど。 「ねぇ、ちょっと雨宿りしない?すぐに止むと―――」 女の子に掛けた言葉は、途切れた。 女の子は姿は消えていた。 「えっ…何処…」 辺りを見回す。 目立つであろうあの着物は、同じ色が周りに溢れている為全く見つからない。 まさか、幻覚? 手にはまだ手の感触が残っていた。 「あれ」 雨はいつの間にか止んでいた。 「通り雨?」 その言葉に応えるかのように、周りの樹がザワザワと揺れた。 クス。 笑い声が聞こえたような気がして、再び辺りを見回す。 「クス…クス…」 確かに聞こえた。 でも声の出所は分からない。 響いて、響いて。 「あ」 また、雨が降り出す。 空は依然として晴れ渡ったままだった。
20121024