放課後の女 

 ただ、悲劇のヒロインになりたいだけだった。そうすればみんなが私のことを視てくれるから。私は透明人間じゃない。可哀想、だって。可哀想、可哀想、可哀想!
 同情っていう、偽善の飾り物。

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運命ですので! 

 終わりなき運命に抗うことにまだ疲れていない勇者はなんだってする。そのことを知っているのは一体誰なのか。歯医者になってみたり、サーフィンで優勝してみたり。
「でも全部無駄なんだよなあ」
 魔王がいつだって隣にいるのだから。



終わりなき、サーフィン、歯医者

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大人になれないぼくら 

 何がだめだったのだろう、と考えることがない訳ではない。それでも僕の行動が間違っていた訳ではないし、彼の行動もまた、その通りだった。僕と彼は両方間違ってなんかいなくて、それでも両方とも正しいとは言えなくて。
 言える言えないで大喧嘩をして、結局二人して階段から落ちた。
 はは―――乾いた笑い声がする。彼は先に黙ってしまいそうで、僕にも助けを呼ぶ力はなかった。頭が痛くて身体の他のところもいたくて周りは真っ赤で。
 彼の瞳だけを見ていたいのに、蝉の声が煩かった。



レム睡眠 @rem_odai

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海中のステージ 

 非常にお恥ずかしい話だが芯というものがないくらげのような私の人生において、誰かの希死念慮というのは鋭く尖ったルアーのように私によく引っかかってくる。私を捕まえるための網でもありやしないのに私はただひたすらにああ此処にルアーがあると思いそれに触れてしまうのだ。すると私の身体にはびりびりと電撃のようなものが流れ落ち、そして私も希死念慮を抱えることになる。
 最初から私が希死念慮を持っていたのではないかって? 確かにそれもあるだろう。けれども他人の意図しないルアーは私の中の深く埋(うず)もれていたそれを引っ張り出すのだ。恐ろしいほど不確かに、それは存在する。私は月にも昇る心地でそれを甘受する。しかしながら私をはた、と現実に引き止めるルアーもあるにはあるのだ。私はくらげのような人間であるため、そういうものがないと海中にいることすらままらないのである。亀に食われるならばまだしも、漂っていたら水面に出てしまいそのまま干上がるというのはなんとも情けないことだ。私は常々注意を払っている、それは死にたくないというものとは少し違うように思うがきっと世間様にとっては大した違いはないだのろう。
 私は悲しいくらいに生きている、くらげではなく人間として。だから私は自分に掛かったルアーを丁寧に外してやらなければならない、そのルアーを外して良いものか思案しながら。別に意味はないのだ、袖振り合うも多生の縁、なんて言っているほど暇はないのだ。私は私として生きていく、私は私として海中にこもる。上から降り注ぐ太陽の光を甘受しながら、私は小さく小さくなっていく。

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お父さまのナイフには毒を、お母さまのフォークには愛を 

 その家ではわたしが料理をすることになっていた。すてきなお父さまとすてきなお母さま。わたしにはもったいないくらいのすてきなかぞく。きれいな家。わたしはお父さまとお母さまに料理を提供するのが好きで、わたしはたったひとりの娘として二人にとてもかわいがってもらっていた。でもある日、わたしは気付いてしまった。わたしの役目に、わたしの世界に。
 その家は、箱庭だった。わたしは鍵で、鍵穴は二つあって。でも鍵は一度しか使えないから、わたしはじっくり悩まなくてはいけなかった。それで、わたしは決めたのだ。おいしい料理、おいしい料理、わたしの一番とくいなこと、二人が一番喜んでくれること。わたしはナイフとフォークを集めて目をつむってひとつ、たったひとつにだけ毒を塗った。でもチャンスは何度かあってもいいので愛も塗った。どっちも同じ人が摂取すれば、この箱庭はまるで元通り、何もかわらないことをわたしは知っている。だからわたしは三つ目の逃げ道を作ったのだ。鍵は鍵穴に入らなくてもいい、ずっとこのままずーっとこのまま、それでもいいのだと。
 でも運命は許してくれなかった。
 ぱたりと一人が倒れて、そうしてわたしはああ、と思った。お母さまはわらってわたしを見ていた。だからわたしはお母さまの手を取って、その家を出たのだ。



レム睡眠 @rem_odai

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さようならの儀式 

 森の中に取り残されたのは事故なんかじゃない、寝物語の中の兄妹のよう、要らなくなって棄てられて、きっとそれで清々されて。死んだら誰か泣いてくれるのかな、答えの分かりきった問いを小鳥に聞いてみた。小鳥はただ首を傾げてキィと一声。当たり前でどうしようもない結末。そうかと頷いて身を埋(うず)めた。小鳥はすぐに飛び立っていった。
 春が来てまた小鳥が来て、同じ小鳥かは知らないが、その花の咲いた上をゆっくりゆっくり廻っていった。それはそれはとてもきれいな花で、しかし小鳥にはそのきれいさが微塵も分からなかった。そこに集まる虫を捕まえ、腹を満たして飛び立っていく、小鳥にとって花はその場所を提供するものでしかなかったのだから。
 それでも小鳥は知っていた。白く覗くそれらが花片(はなびら)ではないことを。小鳥は誰より知っていて、それでもやはりきれいさなんて微塵も分からずにただ生きていくのだ。
 次の春も、また次の春も、小鳥が小鳥が小鳥がやってくる。生命を繋いで、生命を繋いで、歌をうたうようになきながら。

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いばらも林檎も硝子の靴も何ひとつ持たない呪い 

 走る。それしかないので。制服のスカートを翻して、はしたなく。私は少女、大人になれない少女、呪いのような少女。この制服はその証、少女にしか許されない服装。ハイヒールもピアスも全部捨てた、たったひとつの選択肢。
「いますぐわたしを此処から連れ去って!」
その呪いを解く術など一つしかない。私は少女、大人になれない少女、それは呪いで呪いは解かれるものだから。非常階段、残り三段が煩わしくて飛び降りる。
 わたしをどうにか出来るのは外部の力だけだった、それでもわたしは行動せねばならない。その外部の力とやらを得るために、わたしの養分にするために。どうして、と彼は言った。だって、とわたしは言う。
「貴方は王子様なんでしょう?」
わたしの、ではなかった。きっと王子様を求めている少女はたくさんいる。でもわたしが目をつけた、わたしが行動した、だからつまり、わたしが手に入れるべき外部の力なのだ。
 わたしは笑う、最初から知っていたかのように。わたしは笑う、少女の笑みではなく羽化していく女のそれとして。彼は笑う、嬉しいと言って。それを聞いてわたしはああ、なんて愚かで可哀想なのだろう、と思った。
 縋ることしか出来ない、いつから彼らはそんなものになってしまったのだろう。気になりはするけれどもそれはわたしの本筋ではなかったので、この話はこれでおしまい。

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夏の終わり 

 かみさまなんて信じない、と呟く羽目になったのは神社の境内で、そこは早朝に神主さんが掃除をしているくらいでひと気のない、言ってしまえば寂れたところで目の前の君くらいしかいなくて、だからじゃないけれども私は結局のところ今まで誰にも言っていなかったことを呟く羽目になったのだ。主に君の所為で、君にのせられて。それを聞いた君はなんでまた、と壊れた賽銭箱の中に枯れ葉を放り込んだ。私が止めないのを知っているから、君はすぐにそうやって悪いことをする。罰当たりなことをする。でもかみさまなんて信じていないのだから私は君を咎めることは出来ないし、咎めるつもりもない。
「だって、」
思いの外声が震えていた。そして私は、それ以上言えないことを悟った。
―――だってかみさまが気まぐれでもなんでも良いから人間を救ってくれるようなやつだったら、おにいちゃんは死ななかった。
 今だって信じられない事実を、私は口にすることは出来なかった。ミンミン、と蝉がうるさい。耳からすべて消していくような。怖い、私は思う。まるで他人事のように。言えない、言えない、言えない。
誰よりも信じていないかみさまの前で、夏と一緒に唐突にやってきた君の前で、おにいちゃんと同じ顔をした君の前で、私は何を言うことも出来なかった。

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透明な部屋 

 いつも笹上と出掛ける先は学校から離れたショッピングモールだ。駅から近くてそれでも家からは遠くて、学校の誰もいない場所。大きな書店があって、休憩出来る静かなカフェがあって、何にも知らないような顔した家族連ればかりのある意味異国の地。熱心に笹上が話題の本を立ち読みしている横で、私は暇を持て余したみたいに棚を見回した。話題の絵本のところにいるペンギンが、ちらちらしてる。
「ぽーらー」
私が読み上げると笹上は立ち読みを中断した。
「ぽーらーって何?」
「ほっ………きょく」
「何今の間」
「迷ったの。でもポラリスっていうでしょ、だから北であってる」
「ふうん」
頭の悪い私には笹上のだからの接続詞の意味が分からなかったし、こうしていつだって遠くへ来る意味も分からなかった。不満がある訳ではないから聞くのも憚られたし、私は私で楽しかったはずなのだから。
「ねえ笹上、お腹減った」
「はいはい」
笹上は二度目の中断を食らったのに笑うだけで何もわない。私は多分、それが嫌いだった。

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殺人鬼の放課後 

 死んだのは名前も知らない後輩だった。はずなのに、私にはそれが何故か強く染み付いてしまって、昔付き合っていたことがあるのだと言う友人が泣いているのを呆然と見ていた。悲しいね、悲しいね、悲しいね、そう言って言い合って、ちょっと泣いて、それで人間は世界に戻る。いつも通りの日常に、すぐに戻っていく。私もそうだ、何も変わらない。笑っている自分が信じられない。笑っている自分が気持ち悪い。
 笑える自分が。
 笑える自分であった自分が。
 あれだけ悲しかったくせに、それをすべてなかった振りして一日に溶け込んでいく、そういう真人間ぶったところが本当に気持ち悪かった。



20190305