鏡よ鏡、一番幸せなのは誰? 

 幸福だったでしょう、と言われれば多分そうだったのだと思う。でもそれを他人に言われて素直に頷けるかというとそういうことはなくて。
「それってとても損なのではなくて」
「そうかもしれない」
「でも続けるの」
「自分で分かるまで」
 カシャリ、と音がする。ジジ、と思い出が吐き出される音。
「だから今度は自分で気付かせて」
「貴方が言わせてくるのに?」
「それでも」
無茶を言うわね、と笑った他人の顔が見えないのは、きっと他人じゃないからだった。



ポラロイドカメラ四角く切り取れば幸も不幸もやわらかな泡 / 北原未明

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私の生を塗り潰せ 

 今結局なんだかんだ言ってもお前は結局お前でしかなくてだからどうしようもなくお前はクズでしかなくてなんにもなれない天才でもない天才になりたいくせに天才と言われるとキレたりする最低最悪の人間だよ努力一つしないくせして何でも愛して欲しいなんて今時四歳児でも言わねえよとっとと自覚しろお前が死体で死体でしかなくて埋められて穴の中から空を見上げるだけってんならその手を伸ばせ死後好調苦はまだだろ良いからやってみろよ死んでることを言い訳にしてんじゃねえよとっとと動けカス。



@SadnessENDbot

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ばかなわたしとすてきなあなた 

 音がしている。多分知らないけど有名な曲でそんな有名な曲を知らないわたしは悪いやつなのではないかと思うけれど、どうせ君はそんなことを言わないので言葉には出さなかった。
「あのね、」
君はひどくこどもっぽい言い方で言う。
「三日後ね、かえらないといけないの」
七夕だから、と君は言う。
「しちがつなのか」
生まれてきたから死ななくちゃいけないの。そんなおそろしい話をわたしが信じなくちゃいけない謂れはないのでほら話でしょ、って言ってあげることしか出来ないのだった。



なるかみさんは七夕の三日前、アップライトピアノのある談話室でおそろしいほら話を一つ聞いた話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943

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日常 

 この、瞼が、落ちてくる微かな重さに抗わないことのああ、むずかしさよ! ぼくらのこの世界はいつだってくもりの様相で眠ることすらままならないというのだから本当にどうしようもない。正しいことなど何もない世界でぼくらは、ただどうしようもないことを、意味のないことを繰り返し続けるのだ。それがぼくらの使命とでもいうように。必死に。

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 呑み込む。その小さな喉を使って、ただそれしかないのだと。朝に染まる哀しみと、夜に沈む寂しさと。あなたは忘れろと言うけれど。それだって良いと泣いていたあの子を、少女は無にしないために。

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 形のないものなんて信じたらいけないよ、とそのうさんくさい男はそう言った。余計なお世話だとばかりに私は振り払って進む。
「だから、ほら、あーあ、やめろってば。言っただろ? オレ、前にも言ったよな」
うるさい、と思う。
 私の目の前では私の男だったはずのものが他の女と交わっていた。
「この男に何を求めてたワケでもないんだろう? 快楽も大して与えてくれやしない。もっと他のモンを求めてるワケでもない。お嬢さん、アンタはこの男じゃなくてよかったワケだ。これで清々すてられるな!」
「うるさい!!」
私の声に、私の男だったものは我に返ったようで縋り付いてきたが、私はそれを蹴り飛ばすことが出来た。
 出来てしまった。

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午後の急速 

 この世で一番馬鹿らしいこと、と君は云う。
―――ヒト ヲ アイス コト 。
そうかなと僕は呟いて、君は笑って笑って笑って笑って壊れるくらいに笑ってから何がしたいのか分からない、と続けた。
「見返りが欲しいの?」
君がぼ僕の手を取って君の胸にあてる。やわらかいにくの感触。そうだけどそうじゃないとキレイゴトを言ったら、ウソツキ、と笑って君は落ちていった。

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放課後の贖罪 

 ずっと、燃えていると思っていた。私の中で君の裏切りはあまりに明確で、覆しようのない事実で、私は一生君のことを許しはしないのだろうと思っていた。
 だと言うのに。
 君を見た瞬間、急激に何かが冷めていくのを感じた。異様なほど私は冷静に君を見つめていたり君のいつか捨てられた仔犬のようだと思った瞳も効力を持たなかった。
 あれがなんだったのか、憎悪だったのか、今までそれなりに培ってきたはずのある種の愛だったのか。もう分かりはしないけれど。

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純白 

 最低最悪の日がやって来た。十歳の誕生日だ。日付が変わったばかりの僕はただ一人、自分の部屋のベッドの上でじっと息をこらえている。十歳というのは大人の年齢で、大人になるには儀式をしなくてはいけない。子供の時に持っていた純白は悪しきもので、大人になるには捨てなくてはいけない。僕はそれを疑問に思っていなかった、だってそれが普通だったから。周りに同じくらいの子供は一人しかいなくて、僕たちはずっと二人で大人になるのが楽しみだね、と言い合っていた。
 同じくらいの子供だった君は僕のともだちで、とっても良い子だった。いつか僕たちは大人になって何でも好きなことが出来るようになったら海に行こうと、そうして僕は君が沈んで行くのを眺めているから、と僕たちは約束をした。子供の約束だからと大人は内容を聞かなかったし、僕たちだけの秘密だった。
 ひとつき前、君の誕生日が先にやって来て、君はじゃあ一足先に大人になっているね、と言って僕たちは前日別れた。誕生日当日は儀式のために大人以外とは会えない。だから僕は君の誕生日の次の日、大人になった君はどんなだろうと心をわくわくさせて会いに行った。
 君は、もういなかった。
 君自体はいた。でも僕と約束した君はもういなかった。君は海に行かないと言った、そんな馬鹿馬鹿しいことは子供だから言ったんだ、と言った。大人になれば分かるよ、と君は言って、それから僕はその手を振り払って逃げた。それから君には
会っていない。君は僕のことなんかどうでも良いみたいだった。
 どうしてひとつき。僕はずっと考えて考えて、子供ながらに考えて、あの約束こそが純白だったんだ、と思った。捨てるべき純白、悪しきもの、持っていてはいけないもの。でも僕はそんなこと思えなかったし、君が馬鹿馬鹿しいと言ったことがとても悲しかった。そして、儀式を恨んだ。奪われるべき純白を定めた、大人たちを憎んだ。そして、決めた。
 僕は今、ナイフを握っている。
 大人になんかならない、とても怖かった。君の純白を奪ったあの人間たちと同じになるなんて、嫌で嫌でたまらない。僕は僕だった、純白だった、だから僕はこのまま消えるのだ。君が捨てた純白の中に、僕は生きるのだ。
 僕は君に海に沈んで行って欲しかった。
 君はもう、それを選ばない。

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霧に住む神 

 山に霧がかかっていた。そんなのは珍しくも何ともないがその日は何か違った。立ち込める霧は私達の山をすっかり覆い尽くし、完全に閉じてしまったようだった。村長が急いで確認に行って、今日はもう外には出ないようにと言った。それを聞いていた母の神経質そうな眉の動きを私はじっと見ていることしか出来なかった。間違いを犯した私に私の母は厳しかった。だから私はなるだけ良い子でいなくてはいけなかった。その日はとても明るい月のはずだったのに山が閉じたために夜に出歩くことは出来ずに、しかし私はどうしても外に出たくて母の目を盗んで外に出た。誰も外には出ておらず、夜は歩きにくく、だが灯りを灯す必要もないくらいに月が明るかったので私は息を殺してひっそりと歩いていた。ぐるりと回って満足したので私は家に帰り、寝ようとした。母も眠っていた。けれどもどうしてか寝付けずに、家の中をざわざわとする胸を抱えてうろうろうとしていた。そのうちにザクザクとした足音が聞こえて玄関からトントントン、と音がした。私のいる場所は玄関からとても遠いはずだった。直感のようなもので私は急いで部屋の戻ると布団をかぶり直した。そしてそのまま息を潜めているうちに朝になった。朝になると隣の家の子供が消えていたことを知った。そして私の家の前には夥しい数の足跡があった。私はそれきり山に霧がかかったのを見たことはない。



20190305