潰れた林檎 

 リストカットなんて名前がついて流行しているみたいにファッション感覚、とか言われちゃってそれって絶対にそっち側にいかない人間と自虐したくてたまらない人間が言ってることでじゃあその隙間でごりごりごりごりすり潰されるひとは一体どうしたら良いんだろうな、なんて君が飲めもしないワインを傾けながら言うから。
「そういう運命なんでしょ」
 一生リノリウムの床のことなんか理解出来ない話またいに、結局ワインの瓶は割れるだけなのだから。

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化石の魔法 

 さよならの挨拶を僕らは誰もしたくないと願っている。それがあまりに滑稽なことだと分かっているから、明日はいつだって定義されていない。僕らの世界はいつだって断絶の連続だ。僕らはそんな簡単なことから目を背けて、そうして生きているつもりになって、鳴呼、本当に悍ましいね。
 頭脳なんて持たない方がきっと良かったね。

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羽化と砂漠 

 君のことがすきだよ、なんて素直な少女のように囁いたとして一体何に勝てるというのだろう。戦い方も知らないわたしたちは戦い方を自分で学ばなければきっと一生、搾取されるがままで、それがしあわせだと云うひともいるのだろうけれど、やっぱりわたしはそうはあれなくて。他人の価値観との擦り合わせをするつもりはなかった、わたしはわたし、わたし以外はわたし以外、わたしは戦う道を選んで戦い方を学んで、そして君の帰りを待っている。



image song「Cowgirl Blues」松任谷由実

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放課後、ホログラムの空が見える 

 僕の背中を指差して、あいつ、ひとりぼっちなんだぜ、と笑う人間は大抵群れているように見えてそうでもなかったりする。花の名前を一つひとつ思い出しながら歩く僕の後ろに、足音。
「早寺くん」
花のような声がした。でも振り返りたくないな、と思って、そのままで答える。
「何、釜田さん」
クラスメイトの名前くらいは知っている。花の名前より興味はないけれど。
「別に、なんでも」
 ただ、話し掛けてみただけ、と釜田さんは多分笑った。それはひとりぼっちなんだぜ、という笑いとは違うことを知っていた。釜田さんはいつだって一人ではなくて、だからと言って誰かと群れている訳でもなくて。理想だった、高潔だった。だから僕なんかがその隣にいてはいけなかった。
「帰り道、こっちなの?」
「違うけど、今日、塾だから」
「早寺くん塾行ってるんだ」
「うん」
「だから花の名前を知っているの?」
「違うよ」
「違うのかあ」
他愛のない会話は道が分かれるまで続いて、僕はただ、もうこんなことがなければ良いのにな、と思った。



image song「Daisy」天野月

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四月馬鹿 

 ぐるぐると季節が廻っていくものだと僕らは知っている。君がいない春が来ても夏が来ても秋が来ても冬が来ても、怒ることすら出来やしない。夢だった、すべて夢だった、そう思うことで片付けられてしまったならよかったのだろうか。
「…でも、そんなことしたら君は怒るんだろうなあ」
 私をなかったことにしないでよ、とぷく、と頬をわざとらしく膨らませる君の顔が、こんなにもまだ色鮮やかなのだから。



image song「世界 中の誰よりきっと」中山美穂&WANDS

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明日は変わらず来る 

 謎を持ってきなよ、謎を、と言う姿は安楽椅子探偵というやつにも似ていたのだろうけれど、それがただの趣味であって謎を解くことはそう重要ではないことをもう知ってしまっている。謎を調達するだけ調達させて、一人で勝手に納得して終わり。推理をしないものは探偵とは呼べない。
「それでも君は持ってきてくれるんだね」
それをやさしいと人は云うのだろうね、と笑う姿が本当は見えないことを、認めたくなどないのだから。



image song「夏を飛び越えて」葉月ゆら

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誰が僕らを救ってくれますか 

 健康とかなんだとか結局耳障りの良い言葉を並べ立てるだけでどうしようもないものばかりで、でも多分何かを信じたいから、そしてこの世界に神はいないから、きっと僕らは科学を信じたくなってしまうのだろう。



image song「chondroitin」初音ミク(デッドボールP)

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本能 

 愛しているだとかそういう舌触りのいい言葉は誰にだって言えて、そんなことを素直に言葉にしてしまえば夢がないのだと笑われてしまう。でも結局隷属するならもっとマシなものがよくて、だからその選別のために舌触りのいい言葉を使わないことにしている。
「それって、なんか、言い訳みたい」
シーツに沈んだ名前も知らない君がそう言ったので、その通りだよ、と正解をくれてやった。



image song「リビドー」ポルノグラフィティ

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冬はまた行ってしまう 

 どうしようもないことってきっと世界中何処にでも転がっていて、そんなに珍しいものでもなくて、だから私が特別不幸だとかそんなことはないのだけれど。この胸の軋む音に名前をつけるならきっと、そういうものになってしまうのだろう。はらはらと落ちてくる雪が私の手のひらの上、私の熱で溶けていく。冷たい手の持ち主はもういなくて、その速さを笑ってくれる人もいない。私はもう慣れなくてはいけない。運命だとか、そういう責任転嫁の言葉を使って。
「でも、そんなにすぐに強くなれたら人間、苦労はしないよね」
 はあ、と白く染まった息は短すぎて、空まで届きそうにはなかった。



image song「三度目の冬」奥華子

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さんかくとしかくの木漏れ日 

 貴方がいない日々のことを思って泣いている、いつか貴方がいなくなったときにわたしはどれほど悲しめるかという真面な思考のもとにわたしは泣いている。きっと明日も明後日もお腹が減って眠くなって日々の生活のことを考えて生活する中に、貴方だけがいなくなることが当たり前のこととして浸透していく、それに逆らえないであろうわたしというおろかな人間について、泣いている。



20190807