豚を見つめていた。 ぶう、ぶう、そのピンク色をしたおぞましい皮膚を震わせてそれらは啼くのだった。 肉の塊のくせをしてヒィヒィと啼くのだ。 何を言っているのかはぼくにはわからない。 だってぼくは豚ではないのだから。 肉ではないのだから。 そういえば、と思い出した。 豚の啼き声だけを聞きながらぼくは思い出していた。 幼い頃はシャープペンシルのあの細い筒の中に、 芯を何本入れられるかで、そんなくだらないことで英雄になれていたことを。 とても、安い世界だった。 とても、やすいせかいだった。 ふとみると、豚の耳にはシャープペンシルが挟まっていた。 いつも使っていたはずのドクターグリップだった。 あの、一番にスタンダードの、白の。 薄汚れてぼくの垢を纏った、きたならしい一本のそれ。 ぼくはそれを見て息を吐いた。 ぼくは紛れもなく豚だった。
ピンクの思い出
死ねやしないよ、と少女は言った。何処かで見たことのある少女だった。 「お前はとっても臆病でさ、死ねた試しがないから今此処にいんだろ?  その手首のためらい傷を見ろよ、それが一番深い傷だったんだよ、 深い傷が躊躇った奴なんだよ、お前死ねないよ。だからやめろって。 お前は怪我の治りが昔より、いっとう遅くなっているのだから、 今度の失敗は今まで以上に治りにくいし、痕も残るんだをそれってほら、カッコ悪いだろ?  でなくてもお前は傷だらけなのに、醜いお前はそれを気にしているのに」 よく喋るなぁ、と思って少女を見つめる。 つるりとした頬、枝のようや手足。そう長く生きられるようには思わない。 「だから死ねないっての。やめろって」 「別に、死ぬ気はないけれど」 「じゃあその持ってるものはなんだよ」 持ってるもの、何か。あっただろうか、私が? きらきらと、流れ出る紅。痛み。 「あーほら、血が出た。それ離しなって」 少女の手がそれを外していく。カッターナイフ。 見覚えのあるピンクのカッターナイフ、薄汚れて汚い側面に見慣れた名前。 「痛い?」 少女は心配そうに覗き込んでくる。痛いかもしれないなぁ、と返す。 先ほど走った熱のような感覚は消え失せていた。全部が夢みたいだ。 「ね、もうやめようよ」 「うん」 なんとなく頷く。それが正解なような気がした。 「もうやめる」 「やくそくだよ」 もう一度うん、と頷く前に少女は消えた。 痛みが戻ってきた。カッターナイフはなくなっていた。 そもそもずっと前になくしたものだった。今は緑のカッターナイフが、私の相棒。 だから私は、きっと死なない。 「分かってないのが、本当に子供だね」 嘲笑うように呟いた言葉は、思いの外あたたかい音をしていた。
白の幻影
指先まで震えていた。ぶるぶるぶるぶると、まるで白い犬がやってきたかのように震えていた。 あれは死神である、私はそれを知っている。 だからこそその白い身体の何処かにしみでも一つあれば大げさなくらいに胸をなで下ろすのだ。 死神は白いのだ。しみ一つない、純白である。 まるで私のところへ嫁いでくるような、そんなイメージをしてくれればいい。 私は恐れていた。死そのものというよりかは、その死神がやってくることを、だ。 同じだろうと思うひとはいると思うが、しかしながら私には違うことなのだ。私は震えていた。 恐ろしさはそのうち寒さになった。 このまま凍え死んでしまうと、そう思った私の瞳には、白い影が映っていた。
20141208
20150603 追加