冬の残骸
じっと、黒猫と烏がこちらを見つめている。 私の周りのこれが見えている訳ではなかろうに、じっと、獲物を狙うような目で。 ふいよふいよと、私の身体に寄り添うようにくるり、尾びれがはためく。 見えている訳ではないだろう、もう一度脳内で繰り返す。 口に出すような馬鹿な真似はしない。 冬の光を受けて、きらり、その鱗は光ってみせた。 黒猫も烏もまだこちらを見つめていた。 学生鞄を持ったままの私はただ足を止めて、まるで睨み合うように彼らを見返している。 静かだ、そう思った。 確かに早朝ではあるけれど、家を出たすぐ傍のごみ捨て場の前だけれど。 もっともっと、冬みたいな音やら匂いやら、していいはずなのだ。 それなのに漂うのは生ごみの微妙な匂いだけで、びみょうな顔しか出来ない。 冬なのだ、 これが夏だったらもしかしたら饐えた匂いとかに顔を顰めることも出来たかもしれないのに。 黒猫。 烏。 どっちも黒いな、瞬きの間にそんなことを思った。 燃えるゴミの日、出ているのは生ごみだけではないけれど。 彼らは今日の朝ごはんを狙っているのだろうか、 それとも、私に喧嘩を売るためだけに此処にいるのだろうか。 私の昨日の晩御飯の残骸が彼らの朝食になるのかと思うと少し笑えてしまう。 魚だった。 焼き魚。 この私の周りを浮いている方ではない魚。 ちゃんとした、母がスーパーで買ってきた、氷漬けの魚。 名前は忘れた。 しかしながら私は綺麗に食べるので、 残念ながら彼らが食べ物を欲していたとして、それが空腹の足しになるとは思えない。 それならば、やはり、後者か。 ぐっと目に力を込める。 冷たい風が項へと入り込んで、自慢の黒髪を翻していく。 これは敗けるが勝ちかもしれない、そう思ってふいと視線を逸らせた先はゴミ捨て場だった。 山盛りになった可燃物。 地区指定の白っぽいビニール袋は強度が少し、足りないと思う。 そういえば今朝、顔を洗っているくらいにごみを捨てに行った母が帰って来て、 ごみ袋、穴開いちゃった、そう言っていたような気がする。 ということは、だ。 私の興味は既にその山へと移っていた。 穴の開いているものが、我が家のごみ袋ということになる。 視線だけでの捜索の結果、それはすぐに見つかった。 何処かに引っ掛けたのか、穴自体はそんなに大きなものでもなかった。 母もだからこそそのまま置いてきたのだろう。 その穴から、崩れかかった魚の頭がつきだしていた。 幻影ではない、現実のものだ。 それなのに見覚えがある。 何故だろう。 にゃあ。 カァ。 叱咤するような声にああ、と思い出した。 昨日の夕食の魚だった。 私は綺麗に食べるから、背骨に頭と尻尾がまだ辛うじてついていた。 「あ」 ばさり。 黒猫よりも烏の方がはやかった。 私の前にずぶり、 降り立った思うよりも大きな翼は一瞬を逃すことなく、その残骸をかすめ取っていった。 にゃあにゃあと悔しそうな肉球が空へと放り出される。 しかし、流石は鳥。 そのパンチの届くようなところはとうに過ぎ去って、 少し遠くの電信柱に辛うじて姿が確認出来るだけになった。 「おまえはこっちで我慢する?」 きらり、また視界をちらついた白い光を指差し話し掛ける。 黒猫は何言ってんだお前、と言いたげな、 何処か眠そうな顔で私を一瞥すると、にゃあ、と一声鳴いた。 それがアホか、と聞こえた私は、仕方なく通学の続きへと戻ることにした。
イメージSS 魚骨さん
20140920