花と少女
空から光が降り注ぐ場所。 サクラは一人、そこで花を育てている。 サクラの他には誰もいなく、二つの花が咲いているだけ。 サクラは今、三つ目の花を咲かせようとしていた。 三つ目の花はもう何回も育てようとしているのだが、 蕾が付いてすぐに切り取られてしまうことが続いている。 もしこれが切り取られてしまっても、 育てる花はこれで最後にしよう、とサクラは決めていた。 一人が育てられる花は三つまで。 けれど、三つ育てないといけない訳ではない。 サクラの育て始めた三つ目は、順調に育っていった。 蕾が付いて、色付いて。 そして、ついにサクラは、堂々と咲き誇るその花を目にした。 光の下、力強く伸びていくその花を、サクラは「ハルカ」と名付けた。 そうして、サクラはハルカが天高く光を求めていく様を見つめていた。 きっと、ハルカは自分のことを知らないままで世界を生きていく。 サクラはそういった存在。 花を育て、咲かせるだけの存在。 先に育てた二つの花も同じだ。 サクラのことを覚えている花はいない。 けれど、サクラはそれで良いと思っていた。 色付く前に堕とされる蕾たちを見てきた今は、切実にそう思えた。 そして、それが普通だった。 それが当たり前、だった。 ただ最後の瞬間まで生きて欲しいと、サクラは花たちを見上げた。 急速に伸びているハルカが、光の中に消えていくのが見えた。 某年某月某日某所―――。 ハルカは机についていた。 合宿のミーティング。 ハルカが何故それに参加しているか、というのはちょっと複雑な事情があるので割愛。 初めて顔を合わせる短期間の同居人たちと、自己紹介している最中だった。 「何かさ、ハルカってサクラって感じだよね」 唐突に言われた言葉。 「うん、確かに」 ハルカが何かを言う前に同意の言葉が出てくる。 「じゃあ、サクラって呼ぶことにするね」 流石に自分の名前の跡形もないのは、と反論してみたものの、 同居人たちの中で既に、ハルカはサクラになっていた。 もういいや、と半ば諦めたように息を吐いた心の中で、 サクラと呼ばれて懐かしい自分を感じていた。  サクラ・サクラ・ハルカ  ハルカ・ハルカ・サクラ 似ている訳でもない、知らない名前。 それが、面白いほどしっくり来る。 まるで、最初からそういう名前だったように。 忘れたままで良い。 何も知らないままで、ただ生きることに貪欲に。 その一片が散ってしまうまで、ここで見守っているから。 いつか何処かの空の下。 光の下で花たちを見つめるサクラと同じ顔で、ハルカはそっと笑った。
20101217