春はどうしようもなく青かった
ずっと昔。 大切に、胸の奥に、秘めた。 「何で…」 信じられない、そう言いたげな顔で少年がそう漏らす。 ふらふらと伸ばされた手は、 その頼りない動きからは想像もつかないくらい強い力で肩を握ってきた。 そのままがくがくと揺さぶられるが、何も反応を示してやる気になれない。 「どうして!だって、約束したじゃないか!」 約束。その言葉の甘さに思わず笑いが漏れた。 「何が可笑しい!? ずっと頑張るって、こんな世界でも生き抜くんだって、そうやって、約束…!!」 そっと肩の手に触れる。 「君は、子供だね」 ひんやりとした視線がきっと彼を貫いたのだろう。 ひっとその喉を鳴らして、それと同時に少しだけ肩を掴む力が強まった。 「僕はね、もう子供でいるのはいやなんだ。 子供って良く転ぶだろ。 その度にいろいろなものから引き離されていくんだ。置いて行かれるんだ。 僕はそれが嫌だ。 早く大人の世界に馴染んでテキトーにしていれば、そうはならないって気付いたんだよ」 ぎりり、と音がしそうな程強く掴まれているはずなのに、 どうしてかそれを痛いとは感じなかった。 ただ、目の前のそれが憐れで仕方ない。 「離せよ」 「…や、だ」 「離せってば。僕はもう此処にはいたくない。此処から抜け出すんだ」 それが、とどめだったらしい。 あんなに強かった力は嘘のように抜けて、腕がだらんと下ろされる。 恐らく最後の視線に込めたのは蔑みだった。 彼に伝われば良いと思ってそうやって見た。 けれど、それも意味があったか。 「いつまでも子供でいられるなんて、そんなの、ただの現実逃避だ」 後に残った声だけを聞いて、彼は何を思うのだろう。 もう、関係ない。 「全部ぜんぶにがむしゃらになるなんて、そんなの、加減を知らない馬鹿だけだ」 言葉がどうやって彼を刺したのか、知らなくて良い。 ああ、今となっては、どちらが正しかったかなんて分からないけれど。 それでもどちらも、迷いながらも懸命に走り続けていただけだと、 そう思うのは、思い出の美化だろうか。
20131208