ひとびとのしあわせ
弾丸の飛ぶ音がした。 勿論、こんな平和な世界でそんなものは幻聴である。 殺傷力はない、けれどもきっとじわじわと効いてくる類のもの。 氷ほど鋭くないそれは、あれに似ている。 ことり、目の前に置かれたマグカップ。 中には琥珀色の液体。 鼻孔を擽る香り、やさしい。 「今日はニルギリです」 「言われても美味いか不味いかしか言えないよ」 「期待してません」 何も言わないのに注がれるミルク、ぽちゃり、ぽちゃり。 入れられる角砂糖。そう、これだ。 そう思いながらその動作には手を出さない。 たとえこれに毒が入っていたとしても、 目の前で毒を入れられたとしても、恐らく何もしないで飲むのだろう。 弾丸、砂糖菓子の弾丸だ。 それはあたたかい液状のものにすぐに溶けていってしまって、痕跡など残さないのだろう。 「どうぞ」 「ありがとう」 スプーンでかき混ぜられた中に尾を引くように白が残る。 少しの間痕跡は残るには残るだろうが、こうして目に見えるところは別のものが阻害していく。 恐らくそれを口に出したら次からはミルクを入れてもらえないので、言いはしないが。 手にとったマグカップは、取っ手のところにまであたたかさが浸透していた。 冷たいままでは駄目だと聞いたことがあるが、そのためだけではないだろう。 スプーンを自分でもいくらか回して、それから口をつける。 弾丸が埋め込まれている、溶かされている。 ちらり、淹れた主を見やる。 いつもと同じ表情。毒かもしれない、苦しいかもしれない、死ぬかもしれない。 それでも、この危ういお茶会をやめるつもりはない。 だって。 これ以上の至福など、何処にも存在しないのだから。
イメージSS megacoさん image「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」桜庭一樹
20140920