犬は見つめてくる。 その真っ黒な眸で何やら催促するようにこちらを見つめてくる。 私からはその白い睫までくっきりと見えている。 大きなくろい目だ。 頭の上の毛は立っている。 ありがとう、と聞こえた。 テレビだった。 犬が喋ったような気がした。 そんなことはなかった。 何故なら私は犬に感謝されるようなことはしていないのだから。 犬はもう首を寝かせていた。 ごろりと横になった犬はもう毛玉のようだった。 白い尾が小屋の外に出ていた。 暖房が暑かった。
教えてくれれば良かったのに
お前のことを愛していたよ。 女はまるでそれが朝霞の罪のようにそう囁くのだ。 ワイン、ワインの匂いがぐらぐらと女を取り巻いていて、もうだめだなと思ったのを覚えている。 正直なところ、女がどうなろうとそう気にならなかった。 つながっているのは血だけで、それだけでいろいろと面倒だったけれども、 朝霞の中では女はそれにしか縋れなくて、朝霞もまたそれしか蹴り飛ばせないで生きていたのだから。 だからこそ、女がまるで今まで愛していたかのような言葉を吐いたことにひどく驚いたのだ。 だって女はそもそも朝霞など見ていなかったし、彼女の目に映っていたのはもっと別のもので、 朝霞はそれを理解しようなんて思っていなかったけれど。 だって無駄だろう、女を理解したところで明日の飯が降って湧いてくる訳でもないのだ、 それが分かっているのに、そんな無駄なことをしている暇など。 そういう訳で朝霞の中でその女はずっとずっと昔に明日の飯以下の存在になっていたのだ。 のだが、とうやら女の方はそうではなかったらしい。 そんな簡単なことさえ知らないで、血のつながりだとかそういうものを否定してきたことを知って、 思わず笑ってしまった。ただひたすら可笑しかった。惨めだった。 「そうか」 呟く。 「俺はアンタのことを愛していたんだ」
夕暮れのアクエリアス
意識が朦朧としていた。先ほどまで悪夢を見ていたのだが如何せんそれもはっきりとしない。 私は何処にいたのだろうか、茫洋とした海に放り出されたようなそんな気さえする。 私はただこの筋肉の軋む音に魘されていたのだ。 私は私の、生きたいと願う精神に絡め取られ、その中で苦しんで来たのだ。 今こそこの魂を魚のように解放すべきだ。私は私以外の何者にもなれないと、 知ってしまっているのだから尚のこと。私はこの熱が落ち着いた時、違う生物になっている。 私は私のまま、違うものに生まれ変わるのだ。 それこそが今までの私ができなかった進化であり、この魂が求めていた生き場所なのである。
20141208
20150603 追加