奇麗の定義
―――君の身体はとても奇麗だね。 今日の客はそう云った。 湯を貼ったバスタブに胸の下までをつけて、腕を淵に掛ける。 ハァ、とため息を吐いた。 この身体の何処が奇麗だと云うのだろう? お世辞なのか、それとも比較対象がショボいのか。 後者だろう、と雪見は思う。 だって、ここはそういう店だ。 誰にも相手にされない、弁当箱の緑のアレみたいな奴らばかりを餌にする。 でも、奴は違った。 客の中で一人だけ毛色の違う奴。 「すきだよ」 そう云った。 「君の身体、すきだ」 何処がどう、と聞いた訳ではない。 ただ真剣な眸で、何をするでもなく、すきだと繰り返した。 馬鹿みたいな奴。 最初はそう思っていたのに、 繰り返されるとその声は、その言葉は、耳について離れない。 だけど。 君が幾らすきだと云ってくれるとしても、 私はこの身体をすきになることはできない。 脚の付け根。 誰にも見られることはないだろうと、自分の全てをぶつけてしまった痕。 その時はこんな職業を選ぶとは夢にも思わなかったし、 そもそもこの歳まで生きているとも思わなかった。 醜いそれを雪見は時折は自虐に使う。 罵られたり、同情されたり、反応はいろいろだった。 それを、奴はまだ見ていない。 それなのにこの身体を奇麗だと云う。 訳がわからない。 「すきだよ」 それでも、このすきになんか一生なれないであろう身体を、 すきだと云ってくれる奴に。     、なんて。
20120313