夏の翼
外れの森では美しい姫が林檎に倒れ、庭で興行するサーカスからは象が飛んでいく。 十二時の鐘が鳴り響く階段を駆け下りる足音、 かちゃりかちゃり、家具たちがパーティーを催す楽しげな声。 夢が夢のまま終わらず、物語が物語以上に息づく。 瞼の裏の世界はそういう素敵な城だった。 「それで良いの?」 瞼のもっと奥から声がする。 「このまま此処で眠っていても、目醒め来ないんだよ」 分かってる、心のうちでだけ返す。 誰にも聞こえない、でもずっと聞こえる声。 切り離すことなど出来ない、きっとずっと着いてくる。 殺すことさえ出来ない、身体の奥底から湧き上がる。 錘など刺さったことのない白い指の腹が頬をさすった。 「君は行かなければいけない」 瞬間、目をぎゅっと瞑る。 早く起きろ、とでも言うように、バターを塗った時計が耳元に押し付けられた。 聞こえないはずの時を刻む音が聞こえた気がして半眼で睨み付ける。 「どうやって?」 思ったよりも、低い声が出た。 じっとこちらを見やる顔が腹立たしい。 同じなのに、どうしてこんなにも違う。 「君なら、どうやってだって」 「空も飛べないのに?」 窓から、自由に飛び回る象が見えた。 「翼も耳も、代わりになるようなものさえ何もないのに、どうやって?」 嘲るように見やる。 「それとも、蝋の翼でも作ったら良いの?」 そうして太陽に罰せられ、堕ちてしまえば良いと。 自分でも分かるほど歪んだ笑みが頬を彩った。 少しだけその眸が怒ったような色を浮かべ、そうしてずい、と近付く。 呼吸を感じそうなほど近いのに、何も分からない。 知っていたはずなのに、少しだけ、寂しい。 「そんな不確かなものよりも魔法の羽をあげるよ」 薄い笑い、嘘だって分かっているのが分かっているのに、それでも吐かれる言葉。 冷たい接吻けが唇を攫っていく。 「ほら、もう、行けるでしょう?」 「…馬鹿じゃないの」 起き上がる。 長く伸ばした髪を伝って降りたら、そのまま切り落としてしまおう。 簡単に、戻ったりしないように。 そう呟けば、 「君の好きにしたら良いよ」 そっと頭を撫ぜられた。 棄てる訳じゃない、封印する訳じゃない。 項を軽快な音楽が擽っていく。 きっと疲れたらまた帰ってきて、此処でゆっくりと休むのだろう。 するり、と手が離れていった。 振り返ることはしなかった。 「いってらっしゃい」 「いってきます」 「気をつけてね」 「うん」 「いつでも帰っておいで」 「…うん」 目を閉じる、城門の開く音がする。 外の土を踏んだら、思ったよりもざりざりと音がした。 夏の風が吹き抜けていく。 翼も何も、飛べそうなものは何も持っていなかったけれど。 今なら、空を飛べると分かっていた。
image song「夏草の揺れる丘」THE BACK HORN #非公式RTしたフォロワーさんのイメージでSSを一本書く イメージ:空森さん
20130305