スイムスイム
氷の魚の泳ぐ音がする。 水底で、サイトは太陽を見上げていた。 こぽ、こぽ。 サイトの口から気泡が漏れていく。 俺、死ぬかな。 揺らめく太陽を見ながら、サイトは眩暈のような感覚を楽しんでいた。 脆い脆いと言われる人間。 でもその身体は、意外にも頑丈だ。 こぽ、こぽ、こぽ。 目を瞑る。 瞼の裏には、いつも、あの人。  ザッパァッ あ、今、魚が跳ねた。 次の瞬間、サイトは腕が掴まれるのを感じた。 そのまま、引き上げられる。 「サイト!!」 顔に風が当たって目を開ければ、そこには良く見知った顔。 「ミナト、何?」 「何じゃねぇよ、死んだかと思っただろ…!?」 こぽ、こぽ、こぽ。 思い出が気泡を吐き出し始める。 それは、きっと、彼の悲鳴。 「お前も、アヤみたいに、居なくなるのかよ…」 ミナトが目を覆う。 また泣いてるの、ミナト?全く、泣き虫なんだから…。 彼女はそう言っていただろうか。 瞼の裏では、何も言わないから分からない。 「“また泣いてるの、ミナト?全く、泣き虫なんだから…”」 朧気な記憶を辿る。 ミナトは驚いたように顔を上げた。 その目は少し赤い。 こすった所為で、周りも。 「“早くミナトが泣きやむように、おまじないね”」 頬に唇を近づける。 「やめろ」 思った通り、ミナトはサイトを拒んだ。 「アヤの真似をするな…」 その言葉に、サイトは、ああ、合っていたんだ、と思う。 その感情は、きっと、安心。 気泡が全て出きってしまっていないという、印。 「真似じゃないよ」 サイトはミナトの手を握った。 「これは儀式だ」 「アヤが還って来る為の、か?」 ミナトの言葉に頷く。 ミナトはサイトを一瞥すると、 「早く、夢から醒めろよな」 手を振り解いて、音を立てた。 こぽ、こぽ、こぽ。 サイトはまた沈んだ。 見上げれば太陽、目を閉じればあの人。 自分と太陽の間に作る、もう一人の空間。 気泡の浮かんでいく、いたたまれない場所。 「     」  ゴポッ 水中の言葉は泡になる。 あ、今、魚が逃げた。 こぽ、こぽ、こぽり。 氷の魚が泳ぐ音がする。 早く、此処まで来れば良いのに。
20090626