私とあの子
何をしてもダメだった。 テストで百点を取っても、リレーで一番になっても、両親の心は、あの子の、ものだった。 「何か、もういやだなぁ…」 沢田壱乃(いちの)はため息を吐いた。 頑張っている。 なのに、認められない。 全て、あの子のせい。 「アイツが…アイツがいなきゃ良かったのに…っ」 弱々しい声で暴言を吐いても、ちっとも気分は晴れなかった。 モヤモヤが増すばかり。 アイツとは、壱乃の双子の妹、武奈(たけな)の事だった。 数分の差で姉になった壱乃。 何をしていても、“お姉ちゃんでしょ”と言われていた。 ほとんど変わらないと言うのに。 武奈は生まれつき体が弱かった。 何かある事に、母親は武奈につきっきりになった。 ―――お母さん、私を見てよ。 そんな声が、届く訳なかった。 ―――見て、私は頑張ってるのに。    どうして武奈しか見てくれないの?    見て欲しくて、全部、一生懸命やってるのに…。 怒りの矛先は、気付いてくれない母親には行かず。 全て。 全て、武奈へと向かった。 ―――あの子さえいなければ良いのに。 そう思う反面、壱乃は完全に武奈を憎み切れてないことに気付いていた。 こんなに悔しいのに。 憎めない、なんて…。 壱乃にとって、屈辱以外の何でもない。 長い年月を重ねても、それが変わることはなかった。 結婚して、姓は三奈木(みなぎ)になった。 三奈木壱乃。 そうやって沢田壱乃を捨てることで、強くなれると思ったのに。 思ったのに。 武奈が、死んだ。 事故だった。 自分と同じくらいに結婚して、同じくらい幸せで、でも、死んだ。 生まれたばかりの子供を壱乃の所へ残して。 何も知らずに眠る武奈の子―――宮崎秋を見つめる。 壱乃が、自分の子供が四月生まれだから“春”と名付けたのを、真似したのだ。 どうやって育てれば良いの。 きっと秋は武奈に似る。 嫌いな奴の子供を、どうやって育てれば良いの。 壱乃は秋を見続ける。 もうあの子を見るのは嫌。 だけど私は、この子を捨てられる程 強くない。 まだ―――……。 戸惑う腕をそっと持ち上げ、白く長い指で、真新しい皮膚をつまみ、 壱乃はそっと、秋をつねり上げた。
執筆日不明