浴槽の夜を肯定する
ゆら、ゆら、ゆら。 水面に浮かんだそれは、ニヒルな笑みを浮かべていた。 「まるでカッコウですね」 ちゃぷん、波が立つ。 「自分の卵を放り出して何処かへ行ってしまうなんて」 任された鶏はたまったもんじゃありませんね、くすくす。 小さな笑みは響くことなく消えていった。 その黄色い身体をぼうっと見つめる。 「自分には関係のない話だと?」 意地の悪い質問だ、と思う。 それはお前の話だろう、そう返したところで答えは分かりきっている。 だから、口を噤む。 「それは狡さですよ」 知っている、分かっている。 やわらかい部分を守るように膝を引き寄せる。 「そうして、また繰り返すのですか?」 「違う」 思わず、声が出た。 「違う、そんなことさせしない。繰り返させない」 止める前に続いて零れ出た言葉に、その黄色はへぇ、とでも言いたげに目を細めた。 お前に出来るとでも? そう言われているようだった。 「私は、私はあの朝を後悔などしていない」 「本当に?」 「本当だ」 ぶにり、とその柔らかな身体を押してやれば、ぎゅう、と苦しそうな音がした。 中に水が入って手を離したら沈んでいく。 卵など、生まれた者勝ちなのだ。 狭い浴槽で膝を引き寄せる。 沈んだその黄色の後ろ姿が、丸く、いつかの自分の姿に見えただなんて気のせいだ。 でも、例えそうだとしても。 自分は手放さなければ良いだけ。 そう決意出来る程に、強くはきっと、なれていた。
image song「黄昏の賢者」Sound Horizon #非公式RTしたフォロワーさんのイメージでSSを一本書く イメージ:咲葉さん
20130305