残り時間、秒針、爆発物。
刻々と迫る惨状に、どうしようもない程強大な恐怖に、私はまだ抗うべきだろうか。

みっともなくも、足掻くべきだろうか。



摂氏五度



「…そう」
流介が話し終わると、流依はそう呟いた。
「そうなんじゃないかって思ってた」
でもそうじゃないと良いとも、思っていたのに。
「引き継ぎはもう済んだ。
上司は話の分かる人でね、流依のことも引き受けてくれるそうだ。
勿論、最悪の事態になった場合も」
「本当にその人で大丈夫?」
「安心すると良い、彼は警察出身だ」
「それなら安心出来るね」
笑う。
こうした方がきっと流介には良いのだと分かっているから。
泣いて行かないでと縋るよりも、笑顔を見せた方がこの男は喜ぶ。
「…でもね」
手を伸ばして流介の手の甲を擽る。
そのまま抵抗のない肌を滑り、辿り着いた指先はひどく冷たかった。
「その前に、っていう方が良いんじゃないの?」

今度は流介が笑う番だった。
丁寧といって差し支えない所作でその指を退かすと、何も言わずに立ち上がる。
久しぶりに連絡を取ってから何度も同じ話題を振ってはいるのだけれど、
流介は一度も流依の言葉を否定しない。

やりたくないとは言わない。
けれど、同じように一度も肯定しないことから、
きっと彼がそう思っているのを流依は知っている。
「流依」
そして、その慈愛に満ちた言葉を与えたいのは流依ではないはずなのに。
「愛してるよ」
代用品にすら成り得ないある意味では本物を、こうして愛でるのは。

壊れている、と。
言えないのだろうか。

けれどこうしたところがあるからこそ、流依は流介を邪険になど出来ないのだ。
それを知ることがどれだけ美園流依にとって危険なことであろうと、
その溢れる程に注がれる愛を、拒絶など出来ない。
何故なら彼は今や流依と同じなのだから。

同族嫌悪なんて感情、とっくに飛び越している。

踵を返したその背に呼びかける。
「ねぇ、一つ聞かせて」
「なんだい?」
やわらかな声色のまま流介は足を止めた。
「流ちゃんが愛しているのは、どっち?」
すっと、同じ色をした瞳が流依を射抜く。
「…そんなこと、聞かなくても分かっているだろう?」
「…そうだね」
どうして、こんな馬鹿げた質問をしたのだろう。
彼が愛するのは、彼の愛をまっとうに受けられるのは、
「僕が愛しているのは、美園流依、ただ一人だ」
この世に一人しかいないのに。

ぱたり、と扉が閉まる。

でも、それでも。
「…流ちゃんになら、殺されても良かったのに」
本人に告げることなど出来ない言葉。
それがどれだけ残酷な言葉か、もう流依には痛いほど分かっている。
けれど、こんな弱い自分が、
他に逃げられる道を見つけられないでいるのも気付かないふりなど出来ない。

からから、という軽い音に顔を上げれば、
「…流依?」
部屋の入り口から、海斗が控えめに覗いていた。
「何よ海斗、そんなところにいるくらいなら入れば良いのに」
「なんか、考え事してるみたいだったから」
なにそれ、と笑う流依にあと、と海斗は続ける。
「叔父さん、今までで一番怖い顔してたから、さ」
その言葉には曖昧に笑うしかなかった。



美園流介の死が自殺として伝えられたのは、それから三日と経たない日のことだった。





  




20130903