灰色サマーデイズ
目の前の青年を見つめて千鶴子は目をぱちくりとさせていた。 どうしてこうなったのか正直分からなくて、気付いたらその場から駆け出していた。 すべての始まりはやはり大自然の力の所為にするべきだと雨宮千鶴子は思っている。 一人暮らしの白いアパート、それなりに綺麗で広い部屋。 ペット禁止な其処に住む千鶴子を襲ったのは紛れも無く大地震だったのだから。 もうそんな揺れには慣れっこになっていたこの国民性は幸か不幸か、 否、幸であったのだろうが、何を慌てることもなく必要なものだけを持って、 倒壊も何もしていないしっかりしたその建物から避難所へと向かったのだ。 そうして国民番号や何やらの識別に並ぶこと数十分、 避難が済んでその避難所である体育館の裏へふらっと行ったところでそれに出会ったのだ。 灰色の髪と青い瞳をしたその青年に。 カイセイと名乗ったその名前に聞き覚えはあった。 つい三日程前に拾って来てこっそりアパートで育てていた猫の名前だ。 ずっと育てることは不可能だと思っていたので飼い主募集中ではあるが。 それがどうしたかと言うと、俺を助けてください、などとのたまったのだ。 助けてって、どうやって。 しかしその青年の言葉を聞いた瞬間に世界はぐにゃりと歪み、 それが収まった時にはもう其処は今日ではなかったのである。 どうしてそれがわかったのかと言えば 正直勘であるとかそういう類のことしか言えないのではあるが。 カイセイ(仮)から逃げるように駆け出して、 そのまま駆け込んでみた自分のアパートは確かに地震が起こる前らしく、 のんびりとした空気が漂っている。 慌てている人が少なかったとは言え、大災害のあとではピリピリした空気が漂っていたのだ。 しかし、今はそれがない。 自分の部屋はもぬけの殻で、時計を見ればちょうど仕事に行っている時間だった。 カイセイ(仮)は助けてほしいと言った。 三日前、千鶴子はこのアパートの前でぐったりとしているカイセイを見つけたのである。 ちなみに名前の由来は灰色の毛並みをした青い目の猫だったからだ。 彼は所謂ロシアンブルーという種類の猫だったのだが、残念ながら千鶴子は猫の種類には疎い。 もしも彼の言葉を鵜呑みにするのならば、 助けてという言葉は拾ってくれという意味ではないのだろう。 だって紛れもなくこの時間軸の千鶴子はカイセイを拾うのだから。 ならばその前、このアパートの前に彼が横たわる前に、何かあるのだろう。 本当のところ、きっとそんな摩訶不思議な言葉を鵜呑みにする必要はなかった。 けれども、一度持ってしまった縁だから。 空には夏の太陽が照り付けていた。 生ぬるい風が雨の予感と一緒にそよいでいった。
20131009