銃声と祈り
やめさせなければ。私はそう思ってどけ、と声を荒げる。 車の後部座席、扉に一番近い場所に陣取っていたその大きな背中を蹴り倒し、 私は車外へと転がり出た。 何よりも頭にあったのは、 彼が汚れてしまう、というひどく自分勝手な美意識に基づくものだった。 私の中には偽善さえもなかった。 ただ彼のあの白く美しい髪が血の色に染まってしまうのは、 そうして黒ずんでいくのは、勿体ないと、泣きたいほどにそう思ったのだ。 喘ぐように名前を呼ぶ。 返事もしない彼の、その銃口の先に滑り込んで、私は叫んだ。 やめろ、と。 案の定彼は笑っただけだった。 其処をどけ、と穏やかな顔で言った。 私が拒否をすると笑って、その頭を引き寄せる。 殺すまではいかなくても、出来ることはあるよ。 それは優しい声色だった、甘く滑りこむ毒のように私は身動きが取れなくなって、 そうして耳元で鳴る轟音にすべてがもっていかれた。 へたり、と平衡感覚を失った私を、彼は優しく抱きとめる。 何を言ったのかは分からなかった、 ただまだ辛うじて無事だったであろう方の耳元にもかちゃり、 と銃口が沿わされたことで、彼の意図は理解した。 「まっ―――」 て、と。 言葉にすることも赦されなかった。 二度目の轟音、完全に失われる平衡感覚。 もう身体が立った状態を保っているのか、それすら分からない。 白ばんでいく意識、消える視界。 一瞬。 一瞬、彼の顔が歪んだように見えたのは、 それが泣く寸前のように見えたのは、私の願望だったのだろうか。 薄れていく三度目の銃声が、私のためのものではないと、私は良く分かっているはずなのに。
20140709